童話クエスト

〜シンデレラの章〜

−5話−

黒蒼昴



「ふぅ、もう人ごみはうんざりだよ………」
 遼子は倒れこむようにして長椅子に腰を降ろすと、力なくそうつぶやいた。
 王子とシンデレラの結婚式を一目見ようと教会の前に集まっていた人ごみを頑張って掻き分け、何とか教会までたどり着いた遼子たちは、京介が考えたあまり思い出したくないような奇策でなんとか教会の中に入ることに成功した。
 教会の中はとても広く、一番奥の祭壇から少し間を空けて、通路を挟むようにしてその両脇に長椅子が並んでいる。遼子たちは、その長椅子の一番後ろの席に座っている。
 現在、式はちょうど今から王子とシンデレラが指輪を交換するところで、花嫁姿のシンデレラと礼装を身に纏った王子が壇上で向かい合っているのを見ることが出来た。
 うわぁ、綺麗だなぁ。
 遼子がぼんやりと壇上のシンデレラの姿を眺めながらそう思っていると、隣に座っていた耀がいきなり立ち上がり「その式、少し待ってください!」と、教会に響き渡るほどの大声で言った。
「……えぇっ?」
 シンデレラたちがいる壇上にすたすたと歩み寄る耀を、遼子はあたふたと追いかけながら叫ぶ。
「ど、どうしたの耀く――わっ」
 遼子たちが座っていた席から半分ほど通路を進んだところで、剣を抜いた護衛の兵士達が遼子たちの前に立ちふさがった。
 耀はそこで立ち止まり、全く物怖じしない様子で、剣を構えている兵士越しに、シンデレラに尋ねる。
「貴女の首にかかっているその指輪。それを少し自分に見せてもらえませんか?」
「えっ、指輪?」
 遼子は耀の言葉につられて、シンデレラの首にぶら下がったネックレスを見る。そこには黒い宝石――《歪み》の核がはめ込まれた指輪がぶら下がっていた。
「よく、あんな小さいものをあそこから見つけられたわねぇ」
 舞が感心した様子で言う。
 シンデレラは遼子たちの前を塞いでいた兵士達を下がらせると、しばし逡巡した様子だったが、「見せるだけなら」とネックレスから指輪を取りはずす。
 遼子はそれを見て、今回は戦闘にならなくて良かったと安心する。
「え――?」
 シンデレラが耀に歩み寄って指輪を乗せた手をこちらに差し出そうとしたとき、指輪に嵌められた《歪み》の核が鈍く不気味な光を放ち始める。そこでシンデレラの意識は途切れた。
 核から光が消え去るのと同時に遼子たちの周囲にいる人々の目が次々と、まるで憎い者を見るかのような目つきに変わりはじめる。
「――核の自己防衛か!」
 耀は瞬間的に指輪を奪おうと祭壇に向かって走り始めるが、剣を抜いて駆けつけた兵士に通路をふさがれてしまい、すぐに立ち止まらざるを得なかった。シンデレラは兵士達に守られるようにして壇上の奥へと逃れる。
 兵士が駆けつけるのと同じくして、長椅子に座っていた来賓客たちもわらわらと遼子たちと少しずつ距離を詰めて包囲していく。
「結局また、戦闘になるか」
「まあ、いたしかたないね」
 包囲されて脅える遼子と慌てる舞をよそに耀と京介は周りを見回しながら、落ち着いた会話をする。
 京介は上着の懐から短銃取り出すと銃口を天井に向けて構え、静かに言った。
「とりあえず、僕が言えることは一つだね。みんな目を何かで覆った方がいいと思う――よ!」
 耀たちは京介の指示に従い即座に目を固く閉じて腕で目を覆う。その次の瞬間、銃身から飛び出した弾が天井近くではじけ強烈な閃光をあたりに降り注がせる。
 京介の魔法は、銃――今京介が持っているのはモデルガンだが――からあらゆる弾を発射させるものだ。
「今のうちだ、行くぞ!」
 閃光弾に目をやられた兵士や来賓客たちがその場でうずくまったり右往左往したりしている間に、遼子たちは祭壇目掛けて走る。
「おっと、僕達はここで彼らの相手をしたほうが良さそうだね」
 途中で京介と舞が体を反転させ、その場に踏みとどまった。
 ちらほらと、視力が回復した敵の何人かが起き上がり、遼子たちを追って壇上へと向かっていく。
 京介は彼らを銃で撃ち、その場に足止めする。もちろん弾は実弾ではなくゴム製だ。だがそれでも、勢いよく拳銃から射出されるそれは十分な攻撃力があった。
「なんだか、いつも最後にはこういうお決まりなパターンのような気がするわね………」
 次々と敵を倒して行く京介の横で舞がそうつぶやく。
「おやおや、舞君。こういうファンタジー物には必ず戦闘は付き物だよ。それに愚痴を言う割にはなんだか楽しそうな表情をしているよ?」
「あ、やっぱり? いや、最近勉強尽くしでかなりストレス溜まってるのよねぇ」
 舞がそうにやりと笑みを浮かべてそう言うと、近くにあった長椅子をつかんだ。
「そいやぁっ!」
 舞は長椅子を軽々と持ち上げるとそれを力強くぶん回してそばまで来ていた敵たちを薙ぎ倒す。その様を見て、京介は思わず「意外と似合ってるね」とつぶやいた。
 舞の魔法は自分の力を精神力が続く限り何倍にでも増強する魔法だ。
 舞達は遠くにいる敵を京介が、近くにいる敵を舞が、と連携して敵を倒していく。
 一方耀たちは、京介たちが敵を惹きつけているおかげで難なく祭壇にたどり着いた。
 祭壇の上にいる王子と神父、それに兵士達はいまだ目を押さえたままうずくまっていたが、シンデレラは壁に手をついてよろめきながらもその場から逃げだそうとしていた。
「あ、待って!」
 遼子が慌てて追いかけようとしたとき、「桧山!」と耀が叫びながら遼子の服を掴み、後ろに引き倒す。
 その一秒後、一本の短剣がヒュンッと音を立てて先ほどまで良子の頭があった空間を切り裂いていく。
 床に倒れた遼子が慌てて起き上がると、先ほど短剣を投げた王子が体を起こし、腰に差した剣を抜くのが見えた。
 耀は近くにうずくまっていた兵士の体を蹴飛ばして気絶させると、その兵士から剣を奪い取り遼子を背にして王子と向かい合う。
「耀くん!」
 遼子は慌てて耀の援護をしようとするが、耀はそれを断る。
「桧山、俺に構うな。お前はシンデレラを追え!」
 その声を封切りに王子と耀、お互いの剣がぶつかりあって金属の高い音が幾度も響きあう。
「でも――」
「いいからとっとと行け! 逃がしたら許さん」
「――うん、分かった」
 遼子は耀に力強い返事で答えると祭壇脇にあった、開きっぱなしになっているドアを通り、急いでシンデレラを追いかける。
 通り抜けてすぐに通路が、まっすぐと右の階段に分かれる。遼子は一瞬どっちに進めばいいか迷うが、直感で右に曲がり、二階への階段を駆け上がる。
 遼子の勘は正しかった。
 遼子は階段を抜けると、小さいスペースのバルコニーに出た。そのバルコニーの隅に立っていたシンデレラが、追ってきた遼子の姿を見つけるや否や睨みつけて威嚇する。
 遼子は一瞬ひるむが、すぐに表情を引き締め、指輪を渡すよう手を差し出す。
 シンデレラはそれを拒絶。バルコニーにあった椅子を持ち上げ、それを遼子に投げつけた。
「――っ!」
 遼子はそれを辛うじて避けるとシンデレラの腕に掴みかかり、力ずくで指輪を奪い取ろうとする。
「うぅぅ……!」
 だがシンデレラの手はまるで万力のように固く握り締められ、なかなか指輪を奪いとることが出来ない。


「……う〜ん、これはいささかまずいかもしれないね」
「何のんきなこと言ってるのよ、まずいどころかやばいでしょ!」
 時間が経つことに敵はどんどん増え続け、敵を倒し続けて疲弊した二人はすっかり敵に取り囲まれてしまった。今は敵はみんなばらばらの動きだからいいものの、連携されて一斉に飛びかかられでもしたら舞達はひとたまりも無い。
 一方耀は、あのあとすぐに王子を剣の柄で殴って気絶させたものの、増え続ける兵士たちに徐々に隅のほうへと追いやられつつあった。
 そんな彼らの窮地の様子が見渡せるバルコニーでは、いまだにシンデレラと遼子がお互いに腕を掴み合ったまま硬直状態を続けていた。
 遼子はシンデレラと組み合った姿勢で、バルコニーから耀たちの窮地に気づく。そしてもうあまり時間がないと焦った遼子はなんとか事態を打開しようと、自分の腕を掴んだシンデレラの腕を思いきり噛みついた。
 シンデレラが大きな悲鳴を上げ遼子から手を離す。遼子はその隙を見逃さず、虚空から木の杖を取り出すとそれでシンデレラの指輪を掴んだ手を、力を込めて勢いよく上から叩きつけた。
 すると、遼子の狙い通りに指輪はシンデレラの手から零れ落ち、はじけ飛んだのだが、指輪は勢い余ってそのままバルコニーの柵を飛び越えてしまった。
「あぁっ!」
 遼子は反射的に腕を伸ばすが指輪には手が届かず、指輪は一階の群集のもとに落ちていく。
 落下する途中で《歪み》の核はまた鈍い光を放つ。すると下にいた群衆たちが、示し合わせたかのように皆一斉に手を指輪に向かって伸ばした。だが、彼らのうち誰もその手に指輪を掴むことは叶わなかった。
「ふっ、申し訳ないね。こういうことも主人公のつとめなのだよ」
「誰が主人公よ、誰が」
 京介の銃から放たれた銃弾が落下する《歪み》の核に空中で見事命中し、核は粉々に砕け散った。
 核が粉々に破壊されると同時に《歪み》に操作されていた人たちが、その場で意識を失って倒れる。
「……やったか」
 先ほどまで兵士に取り囲まれていた耀が京介たちを見てそうホッとしたようにつぶやく。
「ふぅ、よかったぁ〜」
 バルコニーの柵に寄りかかった姿勢で、遼子は無事でいる耀たちの様子を見て安堵のため息をついた。
 こうして《歪み》の核を無事破壊することが出来た遼子たちは、童話の世界から部室へと帰還した。


「でも、惜しいことをしたね」
 戻ってきた部室で、京介がそう残念そうにつぶやく。
「惜しいって何が?」
 遼子が尋ねると、京介は深くため息をつきながら答える。
「あの《歪み》のことさ。あれって人の心を操るタイプのものだろう? つい撃ってしまったけど、今考えてみれば、あれを使ったらかなり楽しい体験が出来たのではないかと思ってね。本当に惜しいことをしたよ……はぁ」
 京介がとても落ち込んだ表情をして言うので、「ああ、そう」と遼子は呆れながら相槌を打った。
 その後、遼子たちは耀に勉強を教えてもらうのだが、途中で京介に乱入されたり、怒った舞に京介が殴り殺されそうになったりと、勉強が中断される回数が多く、結局遼子と舞は大して勉強することができなかった。
 翌日行われた抜き打ちテストで二人がどういう運命を辿ったかはまた別の話である。

 

〜あとがき〜

遼「……って、どういう運命を辿ったのっ? また別の話って、すごく気になるよ!」
舞「あんなに勉強したんだもの。もちろんばっちり合格したに決まってるじゃないっ」
耀「………本当にそう思うか、森宮?」
京「はっはっは、駄目だよ耀君本当のことを言っては。彼女達は今現実という魔の手から逃げているんだから」
舞「うがーっ! 元はといえばあんたのせいで勉強出来なかったんじゃないの。せめて一発殴らせなさいっ」
京「はっはっは、捕まえてみるがいぃぃ〜」
舞「あっ、待ちなさいっ!」
耀「……さてと、今回の話はシンデレラだったわけだが、今回も中々に大変だったな」
遼「うん、ほんとだよ。今度は久しぶりに戦わなくてすむかなぁ、って思ったのに……」
耀「そういえば物語を進めるのも大変だったな。姉達を脅したり、桧山が魔法使――」
遼「言わないでぇっ。うぅ、恥ずかしかったよぅ、忘れてよぅ……」
耀「す、すまない。おっともうこんな時間だな」
遼「……あ、ほんとだ。では皆さん、ここまで読んでいただきありがとうございました」
耀「では、また会えたら他の章で」

 

〜めでたしめでたし〜



 

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