見えない宇宙人

−28話−

黒蒼昴



『――番組の途中ですが、ここでニュースをお伝えします。先ほど現職の大臣を務める田山衆議院議員が自殺したとの情報が入りました。田山議員は例の津田医療センターの名義上の責任者であり、同施設を巡って多数の裏金問題や法に反した人体実験が行われていた疑いなどで追及されていましたが、この一件で真相は闇の中へとなってしまいました。また、今回の件で政界には大きく動揺が広がっており……』
 私はため息をついて、テレビの電源を消した。
「全ては日常に元通り……。でも結局のところは何も解決していないわ」
 どれほど大きな非日常的な事件であろうとも、やがては日常の名の下にその存在は埋没させられていく。
「お話の主人公達は困難を乗り越えて幸せになりました、めでたしめでたし。……けれど果たしてそこでその物語は終わっていいのかしら? どうして主人公達は困難に巻き込まれたのか、物語の悪役達は何を思い、行動を起こしたのか。物語の脇役達もまた同じく……」
 そのとき、診療所の入り口のドアが開く音が聞こえた。
「まさに今は主人公たちが退場した物語の続きね」
 私のつぶやきの直後にコンコンとこの診察室のドアがノックされ、私はどうぞと告げる。
「いらっしゃい。今までいろいろな人がうちに来たけど、さすがに死者は初めてね」
 私は椅子に座りながら体を部屋の入り口に向けて、入ってきた女性に言う。彼女は笑いながら答える。
「わぁ、第一号になれて光栄です。何か景品とかもらえるんですか?」
 彼女は明るい笑みを浮かべながら患者用の椅子に腰掛ける。
「ん〜、そうねぇ。特別に、私と仲良くお話をする権利をあげるわ。ええと、なんて呼べばいいのかしら?」
 私が訊ねると、彼女は少し考えるように間を置いて答える。
「……村井でいいですよ。今日はあなたにお礼を言いに来ました」
「あら、あなたを車で跳ねたお礼参りじゃなくて?」
 私がそう言うと、村井は苦笑いを浮かべて答える。
「あれは本当に痛かったですよ。下手したら本物の死人になっていたところです。でもあれは私の自業自得のようなものですからね。……それにしても驚きです。まさかあなたがここまでやるとは思いませんでした。警察にマスコミ……いずれも圧力をかけていたはずなのですけどね。おかげでうちの上層部はガタガタですよ」
「……そうしなければあの子達もいずれは高村のように口封じされかねなかったわ。この事件の騒動で彼らはしばらくこの事件の関係人物には手を出せないでしょう。まあ最も今はそれどころじゃないでしょうけど」
 私はため息をついて口を開く。
「……全てはあなたの思惑通りというわけね」
 私の言葉に村井は口元に笑みを浮かべて頷く。
「ええ。当初のものとはちょっと違いますけど、結果オーライというやつです。あなたのおかげで邪魔者を排除することが出来ました。感謝しますよ」
 笑みを浮かべて一礼する村井に私は渋い表情を浮かべながら言う。
「……なら感謝ついでに少し答え合わせに付き合ってはくれないかしら? いくつか気になることがあるのよね」
「なんです?」
「高村の実験のお膳立て……千夏ちゃんに暗示をかけて幻覚が見えるようにしたのはあなたね」
 私の言葉に村井はそうですよとあっさりと認める。
「高村さんの実験で最大のネックだったのが被験者でした。宇宙人の幻覚なんて見える人は滅多にいません。ですから実験の被験者は全て私が暗示をかけて用意したものです。ただ私の暗示は、その人が怖いと思っている幻覚を見せる程度しか出来ませんし、単純な思考を持つ子供にしか効かないので、実験で得られたデータが使い物になるかは分かりませんけど」
 なるほどと私は心の中で頷く。それで今までの実験の被験者のほとんどが同じ年代の子供だったわけだ。
「半年前の事件を起こさせたのもあなたね。実験の最後に解くはずの暗示を、あなたは解かなかった」
 村井は少し残念そうな表情を浮かべて答える。
「ええ。あれは失敗でした。……やはりあの程度の事件では簡単に上にもみ消されてしまいました」
「だから今回のような大規模な事件を起こしたわけね。……でも分からないわね。こんな大掛かりなことをしてまでいったいあなたは何をしようとしているの?」
 私の問いかけに対して村井は黙ったまま答えようとしない。再度私が口を開こうとしたとき、彼女は首をゆっくりと横に振って先ほどまでとは打って変わって冷ややかな表情をして答える。
「これから先はあなたには関係の無いことです。全てはもう過去の事、それでいいではありませんか。あまり調子に乗って土を掘り返すと中から不発弾が出てきて、あなたとあなたの周囲の大切な人たちを粉々に破壊してしまうかもしれませんよ」
 半ば脅しに近い彼女の警告に、私は黙り込む。しかしその数秒後、私は愉快そうに笑い声を上げる。そして驚いた表情を浮かべる彼女に私は告げる。
「なるほど、おもしろい例えね。けれど駄目ね。その不発弾は結局のところ爆発しないただの骨董品なのだから」
 私の言葉に村井は眉をひそめて口を開きかける。だが私は彼女の言葉を待たずに言う。
「あなたの言った『邪魔者を排除』の言葉でピンときたわ。つまりはただの派閥争い。しかもこれほど大掛かりなものを行うという事は絶対自分達がやったと相手側の派閥にばれない自信があるということ。では一番疑われないのは誰か? そんなの簡単。答えは自分自身――同じ派閥の人間よ」
 私の推理劇に村井は呆れたような表情をして言う。
「馬鹿馬鹿しい、妄想にも程がありますよ。どうして私が仲間を嵌めなければいけないんです?」
 彼女の言葉に私はにやりと笑みを浮かべて言う。
「へえ、派閥争いというのは否定しないのね」
 そこで初めて彼女の眉がぴくりと動く。私はそれを確認しながらさらに言葉を続ける。
「仲間と言うけれど、皆が皆同じ考えを持っていて仲が良いとは限らない。あなたたちは違う考えを持った邪魔者達一派を排除して派閥を乗っ取り、あまつさえその罪を敵対している派閥に被せる。まさに完璧な計画ね」
 私の推理に村井は驚嘆したような表情をする。
「なるほど、やっぱりあなたは恐ろしい人ですね。そこまで調べ上げるとは………」
 私は再び彼女に問いかける。
「もう一度訊ねるわ。あなたはいったい何をしようとしているの? あなたの目的は何?」
 私の問いに彼女は観念したように首を振る。
「……全ては数年前に宇宙人の存在が発見されたこと、そして彼らが大群で地球に向かいつつあることが確認されたことに端を発します」
「宇宙人……。やっぱりいるのね」
 私のつぶやきに彼女はええと答えて、続ける。
「宇宙人への対応を巡って、各種議論が巻き起こりました。そして現在大勢を占めているのが、彼らに武力で対抗するべきだという主戦派、交渉して平和的に対処しようという交渉派です。ちなみに私は交渉派ですね」
「なるほど、なんだかSF小説ものを読んでいる気分だわ。それで、反旗を翻したということはあなたは交渉派とは少し違った意見なのかしら」
 村井は頷き、少し考えるように間を置いて言う。
「私たちがこうして豊かに生活している一方で、飢餓や病に苦しむ人がたくさんいます。おかしいと思いませんか? 贅沢な生活を送る人間が長生きをする一方、若い少年少女が貧しい生活の果てに死んでいく……」
 村井は悲しそうに顔を歪めながら語る。
「こんな世の中間違っています。けれど人類は何千年の年月を経てもいまだその間違いを直そうとしない。ならば、人類以外に、宇宙人に私はその役目を期待します。この間違った人類の世界を直してくれる役目を……!」
 彼女の力強い思いのこもった演説に私はしばらく間を置いて、口を開く。
「……間違っているわ。ええ間違っているわ、あなたのその考えが。あなたの言っていることはつまり、宇宙人に全ての管理を任せようと、人類に家畜になれと言っていることに等しいわ」
 私の反論に彼女は力のこもった口調で言い返す。
「ええそうですよ。それのどこがいけないんです? 私はこれ以上、謂れの無い人々が死んでいくのが耐えられません。一人でも多くの人たちが救われて、幸せな笑顔を浮かべることができるというのなら例え人類が家畜になろうとも私は構いません」
 私は矢継ぎ早に彼女に反論する。
「ならなぜ高村を始め所員達の命を奪ったの。その時点であなたの意見は矛盾しているわ」
 彼女もまた負けじと矢継ぎ早に私に反論する。
「ええ、分かっています。私も出来るなら人の命を奪いたくはありません。しかしそうしなければ私の目的を、願いを叶えられないというのなら、私は何人でも殺し、その分の罪を全て背負いますっ!」
「あなたの願いは分の悪い賭けでしかないわ。宇宙人があなたの願いを叶えてくれるとは思えないわね」
「すでにコンタクトは取っています。けれど確かに彼らが願いを叶えてくれる絶対の保障はありません。万が一失敗したとしても私はこの間違った世界に未練はありません」
「…………」
 私は休憩するように間を置いて、大きく息を吐く。
「先に謝って置くわ、あなたの願いを壊してごめんなさい。私はこの世界を良い所も悪い所も全てひっくるめて気に入ってるの。それにいつの日か、宇宙人に頼らずとも人類が自らの手であなたの願いを叶えるときがくるかもしれない。その可能性を潰さないためにも私はあなたの願いを今叶えるわけにはいかない」
「………いつになるか分からない、ならないかもしれないものに賭けろというのですか? その間にいったい何人の人がこの世界に絶望して死んでいくのです? 私はそんな悠長なものを待つ気にはなりません」
 睨みつける村井に私は穏やかな笑みを浮かべ、答える。
「あら、てっきり私はあなたが暴走する自分を止めてほしくてここに来たのかと思っていたのだけど?」
 私の言葉に彼女は鼻で笑って言う。
「いいえ。あなたなら私の考えに共感してくれるかもと思って来たんですよ。最も、それは私の思い違いのようでしたが」
 私はにやりと笑って彼女に告げる。
「――約束してあげるわ。私は全力であなたの宇宙人に頼ったその願いを阻止してあげる」
 対する村井も私と同じ笑みを浮かべて告げる。
「――なら約束しましょう。私は全力で私の願いを叶えてみせます」
 こうして私達はお互いに宣戦布告を告げ、新たに私達の物語を紡ぎ始めた。

 

〜あとがき〜
 

み「とうとう終わったね。わたしの、いやわたしたちの物語が」
い「ああ。なんだか長いようで案外終われば短いものだったな」
み「だね。……ところで終わってみて気になったんだけど、結局のところこの話ってハッピーエンドなの? それともバッドエンド?」
智「どっちでもあるわ」
い「あ、お帰り智姉。最後のシーン撮影ご苦労様」
み「どっちでもあるってどういうことなの? わたしはバッドエンドかなって思ってたんだけど」
智「それも間違ってはいないわ。でも考えてみて、千夏ちゃんは幻覚が治って、いっしーは千夏ちゃんを助けることが出来て、高村は願いを叶えることが出来て、村井は計画を達成できて、私はそこそこ楽しむことが出来た。ほらみんなハッピー、めでたしめでたしじゃないの」
い「ちょっと待てよ智姉。確かにみんなの願いは叶ったかもしれないけど、高村は村井に殺されて濡れ衣を着せられるし、最後の方では裏でなんかとんでもないことが進行してる感じになってたぞ。それでもハッピーエンドと言えるのか?」
高「だからどっちでもあるんじゃないか。ちなみに僕は君たちとは違ってハッピーエンドだと思っているけどね。君たちの非日常な日々は終わり、元の楽しい日常は戻ってきた。それでいいじゃないか。それ以上を望むのは欲張りというものだよ」
村「その通りですよ。普段は気にもかけずそれが当然であると思っている日常、それが突然の非日常によって壊されるとき私たちは改めて日常の大切さを認識するのです」
高「けれど、たまには非日常の出来事であった僕たちのことも思い出して欲しいね。例え君達の日常という長い時間の中でのほんのわずかなことであろうと、確かに僕はそのときそこにいたのだから」
智「日常と非日常――それがこの物語のコンセプトね。ともあれ千夏ちゃんといっしー、あなたたちの非日常という物語は終わり、いつもの楽しい平穏な日常に戻ったわ」
村「そしてあなたの非日常の幕が開き、あなたの物語が始まりましたね。私は高村さんのように甘くはありませんよ。コテンパンにいじめてあげますから覚悟してください」
智「あらあら、そんな軽口叩いていいのかしら? なんならもう一つあなたに約束してあげてもいいわよ」
村「出来ない約束を増やしても辛いですよ?」
み「ふ、二人とも落ち着いて」
高「おやおや、物語が始まる前から激しいね。さて、僕的にはもっと続けていたいのだけど、そろそろお開きにしようじゃないか。さて皆様ここまで読んで――」
い「こら、何勝手にしめようとしてんだっ。それは俺たちの役目だろうが」
み「え〜、皆さんここまで読んでいただきありがとうございました」
い・村「ありがとうございました」
智「また次の作品でお会いしましょう」
高「いつになるかは分からないけどね、ふふふ」
 

〜おわり〜



 

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