よい週末を

−6話−

黒蒼昴



 パスンッ。

 小さな音が部屋に響き渡り、一瞬部屋中に静寂が広がる。直後、何か重いものが床に倒れる音が響く。
 俺は透子の体から出る液体が床の上に広がっていく様子を、長い間じっと眺めていた。
「…………さてと」
 どれくらい時間が経っただろうか。俺は右手に持った黒い拳銃を上着の中にしまうと、彼女が先ほどまでいじっていたパソコンを操作し始めた。
 先ほど彼女が持ってきたCD-ROMのデータと、パソコンの中のコピーデータを全て削除する。俺は他にそのデータがないか一通りパソコンの中をチェックしてから、パソコンの電源を切り、口を開いた。
「…………なぁ、さっきからそこに隠れているのは分かってるんだ。出てこいよ」
「――っ!」
 突然俺に声をかけられ、俺をここまで案内してくれたあの少女が、少し離れた棚の陰からおどおどした様子で出てきた。
「……あ、あぅ、っく。えぅ………」
 今にも泣き出しそうな顔をしている彼女に、俺は優しい口調で語りかける。
「お前には特別に本当のことを教えてやるよ。そうだな………良いことと悪いことがあるどっちから聞きたい?」
「………………」
 少し待ったが、少女は目に涙を浮かべたまま何も答えようとしない。
「――じゃあ、良いことから先に話そう。宇宙人は確かにいる。すでに人類とも接触ずみだ。ただ、上の奴らはそのことをやたらと隠したがっているがな。
 つまりだ、透子のやっていることは全て正しかったというわけさ。ああ、ちなみに教えといてやるよ。透子の言ってた大発見ってやつはな、その宇宙人の大群――UFOの大群が少しずつ地球に来ているというものだ。全く、あのがちがちのセキュリティに守られたコンピューターにハッキングしてデータを盗み取るなんて、大したやつだよ全く」
 俺は床に倒れた透子を見て、苦笑いを浮かべながら言う。そして、少女のほうに視線を戻し、続ける。
「……次に悪いことを話そう。奴らの星は科学技術がとても発展しているらしくてな、うちの技術とは比べものにならないぐらいらしい。
 で、奴らがココに向かっている目的なんだがな。これがおもしろいぞ。なんとこの星が自分達の基地を作るのに邪魔なんだと。でもさ、いきなり邪魔って言われたって困るだろ? どけよって言われてもどきようがないもんな」
 俺はそこでははは、と呆れたように笑う。
「んで、さっき言ったUFOの大群だが、あれは武器を満載した奴らの戦艦だ。この地球が奴らの武器の射程範囲内に入るのが今週の週末。つまり、今週の週末には地球は跡形も無く奴らの武器で破壊されるってわけさ。笑っちゃうよな。週末に終末が訪れるんだぜ」
 俺はそう、冗談を言ったが彼女が笑う気配は全然無かった。
「……そして上の人間は決めた。このことは誰にも知らせず、皆には最後まで平穏な日常を送ってもらおう、と。どうせ死ぬのなら、無駄にパニックを起こさせたり不安な思いをさせたりするよりも、何も知らないまま平穏に最後を迎えてもらおう。そういう主旨らしい。
 でも、世の中にはこいつが言っていたように冷静で賢い人間っていうのがたくさんいる。そして彼らは、この事実をすぐに暴きたがり、公表したがる。
 そこで、政府はこの欺瞞に満ちた平穏を守るために、ある部隊を作った。そして俺はその部隊の一員だ。……以上、何か質問はあるか」
 俺が尋ねると、初めて目の前の少女は反応をしめした。
「ど、どうして………」
「ん?」
「どうしてっ! 透子さんをっ!」
 少女は目からぽろぽろと涙をこぼしながら叫んだ。
「それは、さっき言ったとおり俺が――」
「違うっ! そうじゃなくて、トシユキさんは透子さんが好きだったんでしょうっ?」
「………ああ。好きだ。ずっと小さい頃から俺は彼女の事が好きだったさ」
「ならっ、どうして……!」
 俺の目をまっすぐ見つめながら問いかける彼女に俺は、低い声で答えた。
「言いたいことはそれだけか?」
「――え?」
 俺は少女のもとに歩み寄ると、彼女の胸倉を掴んで持ち上げ、顔を近づけて低い声でゆっくり言う。
「よく聞け。世の中にはな、どうにもならないことだってあるんだよ。どうしてだと。お前に俺の気持ちが分かってたまるか。あいつのことが好きで、でもその好きなやつを殺さないといけない俺の気持ちが」
 俺は彼女の胸倉を離すと、その場にどっかり座り込んだ。
「そうさ。他人に分かられてたまるか。好きな奴の心を傷つけるようなことまでして助けようとした俺の気持ち、他の奴に殺させるくらいならと彼女の処分に自ら志願した俺の気持ちなんて、分かられてたまるかよ」
「…………ごめんなさい」
 少女は床に座り込んだ俺の前にしゃがみこみ、謝る。
「……いや、謝るのは俺のほうだよ」
 俺はそう言うと共に、懐から拳銃を取り出し、彼女に向けた。彼女は自分に向けられた拳銃を見て、息を呑む。
「俺はお前に見られた。だから、お前を殺さないといけない。だが――」
 俺は拳銃を静かに床に置いた。
「特別に助けてやってもいい。あることをしてくれるなら」
「………なんですか?」
 声を震わせながら尋ねる少女に俺は軽い用事を頼むみたいに、短く言った。
「この銃で、俺を撃て」
 俺はそう言いながら、自分の額を人差し指でとんとんと叩いた。
「――えっ?」
 彼女は目を見開いたまま、表情を固まらせる。
「だから、俺をそれで撃てよ。それしかお前の助かる道はないぞ。お前が撃たなかったら、俺がお前を撃つ」
 俺のその言葉に、少女は顔を強張らせ、恐る恐る震える手で床に置かれた拳銃を手に取る。
「そうだ。それを両手で持って。……そう。後は引き金を引くだけでいい。さあ、撃て」
「う、うう……うう」
 俺は弾丸が俺の額を穿つのを待っていたが、彼女は見ているこっちが気の毒になるほど、がたがたと全身を震わせ、手の色が変わるくらい強く拳銃を握り締めていた。
「う……うう……む、無理っです………いやだ、いやだよぅっ!」
 少女はそう泣き叫ぶと、手に持っていた拳銃を取り落とし、その場にへたり込んでしまった。
(……ま、しょうがない、か)
 俺は彼女の頭に手を乗せると優しく撫でた。
「よしよし、お前はよくがんばった。十分偉いぞ」
「……ほんとに?」
「ああ」
 俺はそう笑顔で答えながら、床に落ちた拳銃を拾う。そして、彼女の額に笑顔のまま銃口を突きつけた。
「あは、はは、は。仕方ないです、よね」
 少女は涙を浮かべたまま笑顔を浮かべる。
「ああ、仕方ないな」
 俺も彼女の笑顔に笑顔で答えながら、引き金を引いた。


 掃除屋が来て、部屋をすっかり綺麗に、まるでさっきの出来事が夢であったかのようにすっかり痕跡を消してしまう様子を、俺はタバコをくわえながら眺める。そして掃除が終わると、俺は車にいろいろ詰め込んでいる彼に話しかけた。
「いやぁ、せっかくの祝日だってのにわざわざこんなとこまで呼んですまないな」
「なぁに、それはお互い様ですよ。仕事じゃ、しょうがないです」
 彼は気さくな笑顔を浮かべて言う。
「ああ、そうそう。聞きましたよ。明日から最後の日までの休みの許可出たんでしょう? いいなぁ。僕なんか最後の日の前日まで仕事三昧ですよ」
 まあな、と俺は答える。
「お前の分までしっかり家でごろごろ三昧してやるよ」
 俺がそう言うと、何ですかごろごろ三昧って、と彼は笑いながら言った。
 車に荷物をつめ終わると、彼は運転席に座り、窓を開けて言う。
「休みならもう会うこともないでしょうね。……それじゃあ俊之さん、よい週末を」
 彼が悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うと、俺も彼と同じ笑みを浮かべ、答えた。
「ああ。そういうお前も、よい終末を」

 

〜おわり〜 


 

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