童話クエスト

〜シンデレラの章〜

−2話−

黒蒼昴



「……なにこれ?」
 遼子の隣からその本の内容を眺めていた舞がつぶやくように言った。
「シンデレラは幸せでした〜って、お城の舞踏会もガラスの靴もないじゃないの」
「う〜ん……でも舞ちゃん、これはこれでシンデレラは幸せだと思うけど。ほら、継母とか誰からもいじめられることはないわけだし……」
 遼子がそう言うと、耀は軽く笑いながら口を開いた。
「確かに、桧山の言うとおりこれはこれでシンデレラは幸せなのかもしれないな。だがこんな何の展開もない話、桧山は読んでおもしろいと思うか?」
「う……それは――」
 《歪み》に、童話が歪んだことに気づく人間は少ない。それは《歪み》が単に『童話を書き換える』ではなく、『元からこんな童話だった』と童話の世界そのものを変質させてしまう存在だからだ。
 ただ一度《歪み》に接触したことがある人間、初めからおかしいと疑いの目で見る人間だけがその童話を蝕む《歪み》の存在を知覚することが出来た。
「――やっぱりつまんない……かも」
 遼子は少し考えると、困った表情でそう答えた。
 「だろう?」と耀は物を教える教師のような口調で言った。
「まあ話がおもしろいものであったにしろ、どのみち《歪み》は放っておいていいものではない。これ以上物語がおかしくなる前に、《歪み》を破壊する必要がある」
 童話世界を侵食する《歪み》には、その各々に核と呼ばれる《歪み》の発生源のようなものが存在し、それが破壊されるとその童話の《歪み》は消滅し、童話は元の姿を取り戻す。
「……今回はシンデレラのストーリーに、怪物などの類は存在しないから戦闘は無いかもしれん。だが歪んだ童話の世界だ、くれぐれも油断はするな――では行くぞ」
 そう言い終えるとともに耀は、先ほどの本の上に手を置く。そして、まるで何かを念じるようにゆっくりと目を閉じた。すると、耀の姿が次第にすうっと霞むようにして遼子たちの前から消えた。
 《歪み》に侵された童話世界は遼子たちがいるこの現実世界との境目もが歪んでしまうらしく、その童話が書かれた本に『入りたい』と念じることで、本来行き来できない二つの世界間を遼子達は行き来することが出来た。遼子たちは、皆それぞれの思惑や目的は異なるもののみんなで協力しあい、童話世界の《歪み》と戦い続けている。
 部室に残された遼子たちも、耀のように次々と本の上に手を置き、すうとその場から姿が消えていく。
 ――遼子たちが《歪み》について分かっていることは少ない。そもそも《歪み》とはなんなのか。誰かが故意に起こしているのか、なにか大きな異常現象の前触れなのか、ただの自然現象なのか。自分達がしていることは果たして正しいのか、それとも間違っているのか――それすらも分からない。
 最後に残った京介は部室の電気を消し、鍵を閉めると自分も彼らの後を追い、部室には誰の姿もいなくなった。


 街からは少し離れた森の傍にある一軒の家。
「ふぅ、こんなものかしら……」
 家の掃除をしていたシンデレラは手に持っていたほうきを壁に立てかけて一息ついた。
 開け放たれた窓からは心地よい風が入り込み、カーテンと自分の長い髪をゆるやかにたなびかせる。
 シンデレラがぼんやりと外の景色を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「シンデレラ〜、私ちょっと町まで買い物に行ってくるわね。欲しいものがあったらついでに買ってくるけど、なにかある?」
 シンデレラより少しばかり年上の義姉が、出掛ける用意をしながらシンデレラにそう尋ねてきた。
「ありがとうお義姉さん。う〜ん、でも今欲しいものは特にないわ」
 シンデレラは少し考えると笑顔でそう返す。
「そう、あまりそういうのは遠慮せずにしっかりと頼まないと駄目よ?」
 義姉は困ったような笑みを浮かべながら、そう言うと家を出て町へ出掛けていった。
「いってらっしゃ〜い」
 シンデレラは外に出て町に出掛けていく義姉の姿を見送る。
 シンデレラの母は、数年前に病気でこの世を去った。その後父は再婚し、シンデレラには義理の母と二人の義理の姉が出来た。
 初めのうちは彼女達から距離をとっていたシンデレラだったが、とても優しく親しげに接してくれる彼女達に、シンデレラはだんだん心を開いていき、今ではすっかり本物の家族と変わらない間柄になっている。
「さてと、そろそろ続きをしなきゃ」
 義姉の姿が見えなくなると、シンデレラは再び箒を手に取り、家の掃除を再開した。


「さて、まずは今から俺たちがすることだが――」
 うっそうと生い茂った森の中で、遼子たちは《歪み》の核を探す段取りを話し合っていた。
「いつものように歪んだストーリーを元に戻す……でしょ。問題はそれをどうやってやるか、よ」
 舞が耀の言葉の先を言う。
 《歪み》の核は通常童話の最深部、つまりその童話の最後の方の場面に潜んでいることが多い。
 だが、その場面までたどりつくのは決して容易なことではない。なぜなら童話が歪んでいるために途中で物語が途切れていたり、別の方向に話がねじれていたりして、最後の場面まで物語がすすまなくなっているからだ。
 最後の場面まで行くためには歪んで進まなくなった物語を、本来のものに戻しながら先へ進めていかなければならない。
「そうだね。本来のシンデレラのストーリーに沿って進めていくのなら、まずシンデレラの継母や義姉たちにシンデレラをいじめさせなければいけないわけだ。……おぉ、周りから虐められ涙目でそれに耐え続ける少女。これはこれでなかなか素敵な絵に……」
 京介がそう言って一人悶える様を無視し、遼子たちはどうやってシンデレラの家族達が彼女をいじめるように仕向けるかを議論しあっていた。
「あ、これなんかいいんじゃないかな」
 なかなかいい案が出ずに耀たちが悩んでいると、遼子が手を上げて自分が思いついた案を言った。


 町での買い物を済ませ、シンデレラの義姉が森の中の人気がない道を家に向かって歩いていると、突然目の前の茂みから四人の若い男女が出てきて、前の道をふさいだ。
「なんですか、あなたたちは?」
 義姉は少し警戒しながら前の四人組に尋ねる。すると四人のうちの一人――遼子が口を開いた。
「あ、怪しいものじゃありません。私たちは……その、魔法使い様の使いですっ」
 彼女はまるで棒読みのような口調で続ける。
「実はあなたに一つお願い事したいことがあります」
「お願い事……?」
 義姉が訝しげな表情でそう言うと、京介が笑顔で答える。
「そう。この僕と一緒にこの森で楽しいハイキングデートをしてもらいたいのさ。そしていろいろな冒険劇や楽しいイベントを経て、愛し合う僕たちはめでたく結ば、ぶふぁっ!」
「あんたは少し黙ってなさい!」
 京介の隣に立っていた舞は、そう言うとともに彼を殴って物理的に黙らせる。
「ま、舞ちゃん落ち着いて……。あ、ごめんなさい。ええとお願い事はですね、あなたの家のシンデレラを……その、形だけでいいからいじめて欲しいんです」
「――なんですって?」
 義姉は遼子の口から出た思いもよらない要求に、思わず聞き返す。
「シンデレラをいじめるってどういうこと………?」
 訝しげな表情でにらみつける彼女に、舞があっさりとした口調で答える。
「つまり、あなたの義妹であるシンデレラをどんなやり方でもいいからとにかくいじめてほしい、って言ってるの」
 復活した京介がそうそう、とうなずきながら彼女に続いて言う。
「そしてやがてはいじめから、義妹に対する想いとなり愛情となり行くとこまで行ってみるというのは――」
「……変態のお兄さんは話がややこしくなるからちょっとこっちに来てくれるかな〜?」
「おやおや、舞君ずいぶん積極的だね。そんなに僕とハイキングデートをしたかったとは。いやはや、もてる男は辛いね〜」
 そう京介は笑いながら舞に襟首を掴まれて森の暗闇へと引きずられていった
「やれやれ、しょうがないな……」
 義姉にどういうことかと責められてしどろもどろに受け答えをしている遼子の姿を見て、それまでずっと黙って立っていた耀がそうため息をついて言った。
「――だいたい、シンデレラをいじめなさいって一体どういうこと? あなたたちあの子に何か恨みでもあるの?」
「い、いや。そうじゃなくて――」
「……桧山、少し下がっていろ――確かにあなたの言うことも分かります。ですが、にわかには信じてもらえないでしょうが、これはシンデレラを災厄から守るために必要なことなのです」
 耀は遼子と義姉の間に割って入ると、もっともらしい口調で語る。
「災厄から守る……? それは一体どういうこと?」
「魔法使い様の予言なのですが、この先シンデレラにとてつもない災厄が降りかかるというのです。そしてそれを避ける方法はただ一つ、周りの人間がシンデレラをいじめ、彼女を孤独にすることだけです」
「そんなこと……。だいたい、それ本当のことなの? あなたたちがただシンデレラをいじめたいがために魔法使いの家来を名乗って私に嘘をついているだけじゃないの?」
 義姉が疑り深い目つきで耀を睨む。耀はそれに対し全く物怖じしない態度で切り返す。
「では、自分が魔法使いの使いであることが証明できたら、シンデレラをいじめてもらえるんですね?」
「う……え、ええ。証明できるのなら」
 耀にまっすぐ目を見据えられて、義姉は少し物怖じしながらそう答えた。
「なら……桧山その辺にある石ころを俺に投げてくれ」
「あ、うん。分かった」
 耀の意図を読み取った遼子は、慌ててそのへんの小石を拾う。
「じゃ、いくよ、耀くん」
「………?」
 訝しげに二人のやり取りを見ている義姉の前で遼子は耀に確認を取ると、耀に向かって石を力強く投げた。
「えっ! ちょっと――えぇっ?」
 まっすぐ耀に向かって飛んだ石は、その途中でまるで何かに当たったかのように軌道を変え、コンッと下の地面に落ちた。
「い、一体何をしたの……?」
「空中に目には見えない膜を張り、石を弾いただけです。これで自分が魔法使いの使いだと信じていただけましたか。……では、先ほどした約束どおり、シンデレラを助けるためにも彼女をいじめてもらえますね?」
 有無を言わさぬ目つきで耀にまっすぐ見つめられた義姉は首を縦に振らざるを得なかった。

 

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