童話クエスト

〜シンデレラの章〜

−3話−

黒蒼昴



「あれ、もう終わったの? んでどうだった、成功した?」
 義姉が立ち去ってから少しして、京介だったボロ雑巾が舞にずるずると引きずられながら帰ってきた。
「あ、舞ちゃん。うん、耀くんのおかげでなんとか信じてくれたよ。耀くんが魔法を使って見せて、それで信じさせたの」
 ――魔法。遼子たちがそう便宜的に呼んでいるそれは、遼子たちの世界で世間一般に呼ばれるそれとは少し違う。
 耀曰く、童話の世界は膨大な人の想いや心、感情などが堆積して生まれたものであるらしい。遼子たちの感情や想いなどは一過性で微小すぎて駄目らしいが、心は形あるものとしてその世界に形成されるらしい。それが魔法である。
 魔法は各々の心のカタチによって種類が異なる。例えば単純な思考をするような人は物理攻撃のような単純な魔法が、逆に変わった考え方をするような人は一風おかしな魔法となる。ちなみに耀の能力は、自分の周りに透明な硬い膜を張ってあらゆる攻撃を遮断する、バリアのようなものである。
 ただ、魔法の使用は結構精神力を消費するもので、あまり使用しすぎると後々動けなくなったり、場合によっては大変なことになる。実際遼子もそういう目に何度かあったことがあった。
「さっきの耀くん本当すごかったね。まるで本物の魔法使いみたいだったよ」
 遼子が目を輝かせながら語る様子に、耀はため息をつきながら言う。
「……桧山、さっきのあれは元々発案者であるお前の役回りだったはずだが。ちゃんと事前にそう決めていただろう?」
「う……だって、いざ目の前にしたら言葉が出なくなっちゃって……」
 罰が悪そうな表情をする遼子に耀は言う。
「今回はともかく、後の二回はちゃんとやるんだな」
 えぇ、と不安げな表情を浮かべる遼子に耀は苦笑いを浮かべ「まずくなったらサポートしてやる」と励ました。
 ――しかし、結局はもう一人の義姉と継母の説得も同じことの繰り返しになり耀が全てをやる羽目になった。


「ふぅ………」
 シンデレラは家の掃除をしながら、深いため息をつく。
 最近義姉や継母たちの態度が急変し、自分に対して嫌がらせや嫌味をよく言ったりするようになった。
 今日だって、シンデレラがとても心待ちにしていたお城の舞踏会だというのに、急に舞踏会に行くのを禁じられ、家でずっと家の掃除をしておくように言いつけられた。
「私何かいけないことしたかしら……」
 シンデレラは考える。
 そういえば彼女たちが自分に嫌がらせなどをするとき、なぜかとてもすまなそうな表情をしながらしてくる気がする……。なんでだろう?
 シンデレラは箒を置き、椅子に座って考え込むがその答えが出ることはなかった。


「で、どうするのよ? これ」
「どうする、と言われてもだな……」
 文句を言う舞に対し、耀は珍しく困った表情をして答える。
「こいつが先に攻撃してきたから、俺も反撃しただけだ。別に俺は悪くはないぞ」
 遼子は先ほどから口論している二人をちらりと見て、再びその視線を木の床に倒れて気絶している老婆に戻す。
 何とか舞踏会の日までストーリーが進んだというのに、いつまで待ってもシンデレラをお城へ連れて行く魔法使いがシンデレラの家にやって来ない。
 待つことに痺れを切らした遼子たちは、なかなかやって来ない魔法使いを探すことになった。
 探してすぐ魔法使いの家は見つかり、探していた魔法使いもその家の中にいた。しかし、《歪み》の影響なのかは分からないが、魔法使いは外に出るのを極度に拒み、まるで引きこもりみたいになっていた。
 耀がいろいろ説得するも魔法使いは全く聞く耳を持たず、最終的に耀と舞が力ずくで外に引っ張り出そうとし、魔法使いはまるで駄々っ子のごとく暴れて抵抗――そして現在に至る。
「ふむ、これはしばらく起きそうにないね」
 老婆の顔を軽くつまんだり叩いたりしていた京介が、諦めたように首を振って言った。
「弱ったな。ここでこいつが起きるまで待つか、それとも………」
 耀が考え込むような仕草をすると、京介が笑顔で言った。
「ははは、別にこのお婆さんに頼らずとも魔法使いなら他にいるじゃないか」
「え、どこに?」
 遼子が不思議そうな顔で尋ねると、耀が「確かに」とつぶやいて遼子を見、舞が「ぴったりね」と遼子を見、京介が「だろう?」と遼子を見た。
「………え?」
 ただ一人遼子だけがきょとんとした目で、自分を見る三人の姿を見ていた。


 家事に疲れたシンデレラは休憩するため家事を中断して椅子に座る。
「はぁ……」
 シンデレラは部屋にある大きな置時計をちらりと見てため息をつく。
 今頃みんなは舞踏会で踊っているんだろうか。
 シンデレラは服のポケットからそっと手で優しく包み込むようにして、黒い宝石がはめ込まれた指輪を取り出した。
「お母さん………」
 この指輪は母の唯一の形見の品で、困ったことや辛いことがあったときには、シンデレラはいつもこれを眺めて気持ちを落ち着かせていた。
 不思議なことにこの指輪を見ているとなんだか元気が湧いてくるような気がする。もしかすると、死んだ母親が自分に元気を分けてくれているのかもしれない。
 シンデレラが指輪をじっと眺めていると、家の戸がコンコン、と軽くノックされる音がした。
「あら? いったい誰かしら」
 シンデレラは急いで指輪をポケットに戻すと、戸口まで駆け寄り戸を開ける。
 戸を開けると、そこには真っ黒なマントを羽織り、先端に星がついた棒を持った自分と年の近そうな少女が立っていた。
「――えっと、どちら様ですか?」
 シンデレラが思わず訝しげな顔をして尋ねると、その少女は恥ずかしげな表情をしながら口を開いた。
「えっと……私は魔法使いです。シンデレラさん、お城の舞踏会に行きたくはないで――ありませんか?」
 思ってもいなかったいきなりの問いに、シンデレラは戸惑った表情を浮かべる。
「え……それはまあ、行けるのなら行きたいですけど……でも今からじゃとても舞踏会には間に合いそうにないし、それに服だって……」
 シンデレラは自分の今着ている服を一瞥すると、弱った顔をして言った。
「大丈夫、大丈夫。えっと、まず服からだね――えいっ!」
 少女がいかにも演技っぽい仕草で杖を振ると、一瞬にしてシンデレラの服が舞踏会に行くにふさわしいドレスへ、靴も綺麗なガラスの靴へと変わった。
「わぁっ、すごい……!」
 シンデレラは驚嘆し、思わず自分の着ているドレスを指でつまんで触ったりしてその実感を確かめる。
 少女はその様子に満足したように笑顔で頷くと、続いて言う。
「さて、次は馬車と御者だったよね。えいっ!」
 少女が再び杖を振ると、目の前に突如カボチャのようなでこぼこな形をした馬車と、ねずみのような顔をした御者が現れる。
 再び驚いた表情を見せるシンデレラをよそに少女はぼそっと小さな声で「失敗した……」とつぶやいた。
 その後、乗り込んだ馬車の中から何度もお礼を言うシンデレラを見送ると、魔法使いの少女こと遼子はふぅ、とため息をついた。
「ふぅ……疲れた〜」
「お疲れ、魔法使いさん」
 背後からやって来た舞が、遼子の肩を軽く叩く。
「うう、舞ちゃん私一人で緊張したよぉ。馬車なんか失敗して変な形になっちゃったし」
 甘えるように抱きつく遼子の頭を舞は小さい子をあやすようによしよしと優しく撫でる。
「馬車に関しては、シンデレラの物語では馬車はカボチャの馬車なのだからあれで正解だろう。それに、多少棒読み臭くはあったが割と良くやっていたと思うぞ」
 舞と同じく背後の茂みから出てきた耀が遼子に労いの言葉をかける。
「そうそう。とてもいい演技でまた大変素晴らしい格好だと思うよ、遼子君。さあ、舞君だけではなく僕の胸にも飛び込んで、ぐふぉっ」
 勢いよく胸に飛び込んだ舞の拳を喰らってのた打ち回る京介を尻目に、耀は口を開く。
「さて俺たちも移動するか」

 

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