童話クエスト

〜シンデレラの章〜

−4話−

黒蒼昴



「――いいなぁ。私も一度で良いから舞踏会とか行ってみたいなぁ」
 茂みの中に隠れながら、舞は目の前にそびえる華やかなお城を眺め、つまらなそうにそう呟いた。
 舞の意見に隣にいる京介がうなずきながら同意する。
「うんうん。僕も行けるのなら行ってみたいものだね。おっと、しかし僕が行ったら舞踏会に来ている女性の視線を全て集めてしまって、王子様の立つ瀬がなくなってしまうか。はっはっは、もてる男というのはなかなか辛いね」
「……たまに思うけどその有り余る自信が一体どこから出てくるのか教えて欲しいものね、はぁ」
 呆れた仕草をする舞に、耀も「全くだな」とそれに同意した。
「さて、もうそろそろ出てきてもおかしくない時間なんだが……」
 耀は遠くからでも良く見えるほどの大きさがある、お城の大時計を見ながらそうつぶやいた。
 大時計の針はもう十一時五十五分を指している。
「ねぇ、もし十二時になっても出てこなかったらどうするの、耀くん?」
 魔法使いの格好から元の服装に戻った遼子が、耀に少し不安そうな顔をして尋ねる。
「あまり、考えたくは無いが……最悪、城に突入して城の兵士と戦闘なんていうのもありえるかもしれん」
 耀がそう言うと、遼子は「ならないといいなぁ……」と沈うつな表情をした。
「――あ、出てきたっ」
 舞がいきなり発したその言葉に遼子たちは反射的に目の前に視線を向ける。
 遼子たちはすぐにお城の階段を急ぎ足で駆け下りている姿を見つけた。
「………ふむ、ちょっとまずいね」
 シンデレラが階段を降り終えたとき、京介が少しばかり困った表情になった。
「ああ――急ぐぞ、関谷」
 そう言い合うと同時に、二人は茂みから飛び出してシンデレラのいるところへと向かってまっすぐに駆け出す。
「え、どうしたのっ?」
 二人がいきなり走り出した原因が分からず、その場にぽつんと取り残された遼子と舞が慌てて二人の後を追いかけはじめる。
 シンデレラは、茂みの向こうから慌てた様子でこちらに走ってくる遼子たちの姿を見つけ、自分に近づいてくる彼女達に声をかける。
「あれ? 一体どうしたの魔法使いさっ――」
 そこまで声に出したところで、耀に慣れた手つきで首筋に手刀を入れられ、シンデレラはその場でがくりと膝をついて気を失った。
 耀は倒れ掛かるシンデレラの体を抱きとめると、そのまま抱きかかえるようにして彼女の体を持ち上げた。
「時間が無い、急げ!」
「分かっているさ」
 京介は素早い動作でシンデレラの片足からガラスの靴をもぎ取り、階段の上に優しくけれど素早く置く。
 靴を置くと京介は耀を手伝い、二人でシンデレラを運ぶ。
「一体、どうした、の?」
 ようやく耀たちに追いついた遼子と舞が、息を切らしながら耀に尋ねる。
「答えは後だ。王子が出てくる前に急いでこいつを運ぶぞ。俺たちは頭の方を持つから桧山たちは足の方を持て」
 理由がよく分からないものの、遼子たちは耀に言われるままにシンデレラの足のほうを支えると、急いで階段を降りる。
 遼子が馬車を出して、その場を立ち去るのと王子が城から出てくるのはほぼ同時だった。


「やれやれ。危うく話が変わるところだった」
 シンデレラの家の前に着いた遼子たちは、シンデレラを家の中に運び入れ、遼子が出したシンデレラの服やらなどを全て元に戻した。
 耀はシンデレラの家の外で、遼子たちに説明する。
 耀たちはシンデレラがガラスの靴を階段で落とさなかったのに気づき、それで慌てて靴を階段に置きに行ったのだそうだ。
「ま、何はともあれ、無事間に合ってよかったわね」
 同じく舞も疲れた表情を顔に浮かべながら、ほっと一息をついた。
「そうだよ。もし王子様に見つかってたら、なんだか話が変になるもん」
 遼子はそうならなくて良かった、とほっと一息つく。
「安心するのはまだ早いぞ。そろそろ次辺りで《歪み》の核が出てくるはずだ。しっかり準備しておけ」
「う〜ん、戦闘にならなければいいんだけどなぁ」
 遼子が不安そうな表情でつぶやく。
「まあ、気持ちは分かるけどね。ならないと期待するよりは、なるって心構えしといたほうが楽だよ、遼子」
 舞が苦笑いを浮かべながらため息混じりにそう言った。


「う〜ん………」
 シンデレラは自分の部屋で、深く考え込んでいた。
 昨夜は魔法使いの人たちのおかげで、お城の舞踏会に出ることが出来た。幸運なことに、憧れの王子様と一緒に踊ることが出来てとてもうれしかったことは覚えているのだが、その後どうやって家まで帰ってきたのか、シンデレラは全く思い出すことが出来なかった。
 それに継母や義姉は、昨夜舞踏会では私の姿を見ていないようだし――まあ、継母たちは会場の外野の方にいたらしいので、王子様が誰と踊っていたのかはあまり見ていないらしいけど。
 あれは夢だったのかしら。
 シンデレラは思う。いくらなんでも魔法使いがわざわざ私の家にまで訪ねてきて、私を舞踏会に連れて行ってくれるわけがない。それではまるで何かのおとぎ話みたいだ。
「シンデレラ、今日の昼食だけど何がいい?」
 台所から顔だけ出した継母が、優しい笑みを浮かべながらシンデレラに訊く。
 シンデレラはそれに答えを返しながら、思う。
 なぜか今朝から、継母たちが以前のように優しく自分に接してくれるようになった。
「………昨夜の夢と何か関係があるのかしら」
 シンデレラが首を捻りながら考えていると、誰かが家に訪ねてきたらしく、義姉が返事をしながら戸口まで駆けていく音が聞こえる。
 しばらくして何か継母たちが騒いでいる声が聞こえ、シンデレラは気になって戸口に向かった。
 そこには継母と二人の義姉、そして身なりがきちんとしている、見るからに位が高そうな身なりをした男性と彼の従者らしき男達が数人立っていた。
「どうしたの?」
 シンデレラが尋ねると、シンデレラに気づいたのか、位が高そうな身なりの男性が不満げに眉をひそめて口を開いた。
「なんです、まだもう一人女性の方がいらっしゃるじゃありませんか」
「いえ、この子は舞踏会には行っていませんので……」
 彼らと応対していた継母が弱った表情で答える。
 男はそれでもなお毅然とした態度で続ける。
「それでもです。殿下は町中の全ての女性、とおっしゃられましたからな。当然そちらの方にも履いていただかないとなりません」
 一体何のことだろうと思いながら、請われるままに前に進み出たシンデレラは、従者から差し出された物を見て驚く。
「これは………!」
 男はシンデレラの驚きに気づいた様子も無く続ける。
「殿下は昨夜の舞踏会で共に踊った女性を大層お気に召したそうだ。だが残念なことに、その女性は殿下に名前を告げることもなく、足早に立ち去ってしまわれた」
 男は、一息ついて続ける。
「彼女が去った後、城の階段には彼女が履いていたこのガラスの靴が残されていたそうです。殿下はこの靴にぴたりと足が合う者こそがその女性であり、御自分の妃にすると宣言なされたのだ。さあ、早く足に靴を合わせたまえ。まだたくさん周らなければならない家が残っているのだ」
 男はシンデレラに早く靴を履くようにせかす。
 ………どういうことだろう。確かにこれは昨日自分が魔法使いさんにもらった靴。とすると、昨夜のことは夢ではなかったわけで。いやそんなことよりも、お妃って。
 シンデレラは頭の中で激しく混乱しながらも、促されるがまま足を靴に入れる。
 ガラスの靴は当然のごとく、シンデレラの足にぴたりと嵌った。それを見て、継母たちを始め、周りの皆が「おお………」とざわめきの声を上げる。
「………舞踏会に来ていたかどうかはともかく、殿下は靴のサイズが合った者を妃にするとおっしゃられました。どうぞこちらの馬車にお乗りください。殿下が城でお待ちです」
 男は丁寧な仕草で外に待機している馬車へ、シンデレラを導く。シンデレラはまるで夢でも見ているかのような面持ちで、馬車に乗り込むとなすがままに彼らにお城へと連れて行かれた。
 その後しばらくして、シンデレラと王子との結婚は決まった。


それからさらに数日後の結婚式当日、シンデレラは教会の控え室で、母の形見の指輪を取り出した。
「お母さん。私は今とても幸せです。これからも、どうか私を見守っていてください」
 シンデレラは指輪をネックレスの紐に通し、首からぶら下げると、そう祈るように目を閉じて優しい口調で言った。首にかかった指輪はまるでそれに答えるかのように一瞬だがほんのりと淡い光を放つ。だが、そのときシンデレラは目を閉じていたためそれに気づくことは無かった。

 

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