見えない宇宙人

−1話−

黒蒼昴



「――あ〜、それじゃ日直、号令」
 授業後のホームルームが終わると、担任の教師が生徒達を立たせて、さようならのあいさつをする。
 教師が「さようなら」と言い終えると同時に、何人かの男子生徒が特に急ぐ理由があるわけでもないのに、競争するように次々と教室から飛び出していった。
 わたしはふと帰り支度をする手を止めると、教室から走り去っていく彼らを眺める。
(小学校のときもそうだったけど、なんで男子ってああも用がないのに急いで教室から飛び出るんだろ?)
 ………う〜ん、分からない。帰りにいっしーにでも訊こうかな。
 そうくだらないことを考えながらわたしが帰り支度をしていると、不意にわたしの頭の上にぽん、と誰かの手が置かれた。
「なぁに、ぼんやり眺めてるんだ? なんか良いものでも見えるのか?」
「――良いものって?」
 頭の上に乗っかった手を軽くはたき落として、わたしは声の主に顔を向ける。
 わたしの左隣、もう帰って教室にはいない生徒の机に腰をもたれさせて立っている男子生徒――わたしの幼馴染であるいっしーは、いつものように気さくな笑顔を浮かべて言った。
「そうだなぁ、みやっちが喜びそうなものだから――かわいい女の子でもいたのか?」
「……それ、いっしーが喜ぶものでしょ」
 わたしが半ば呆れるような表情をして言うと、いっしーは「あれ、そうだっけ?」とわざとおどけた態度をとる。
「だいたいなんでわたしが同性の子を見て喜ぶのよ」
 わたしがため息をついて訊ねると、彼は少し首を傾げて困った顔をしながら答える。
「う〜ん、なんでだろうなぁ………あ、みやっちは実はそういう趣味だったとか――げふっ! ぐ、ちょっ、待て。腹は反則、げほっ! こ、こらっ、お父さんはお前をそんな乱暴な娘に育てた覚えはないぞ」
「誰がお父さんよ、誰が」
 わたしはもう一発、いっしーのお腹を殴って彼を沈黙させると、何事も無かったかのように帰り支度の続きを始める。
 しばしの間、彼は腹部に受けたダメージでぜいぜい苦しそうに息を吐いていたが、フッと悲しげな笑みを浮かべてポツリとつぶやいた。
「………お父さんは悲しいぞ」
「まだ続けるかっ」
 わたしは再び右手をグーの形に握ったが、すでにわたしの行動など予測済みのいっしーは、わたしの手が届かない所に素早く避難し、私がその拳を彼に振り下ろすことは出来なかった。
 少し離れた場所でニヤリと誇らしげに笑みを浮かべる彼の顔を見るとなんだか無性に腹が立つ。そのときふとわたしの頭の中にある名案が思い浮かんだ。
 わたしは即座に帰り支度を済ませると、椅子から立ち上がってその作戦を実行することにした。
 いっしーは立ち上がったわたしが追いかけてくるのを予想し、万全の逃げ体勢で構える。
 だが、わたしはいっしーを追いかけることはせず、逆に勢いよくその場から走りだして、その場でぽかんと立ち尽くす彼の姿を尻目に教室の外に飛び出る。
 廊下にいた生徒の何人かが、何事かと教室から飛び出てきたわたしに目を向けるが、わたしの姿を確認するなり「なんだまたか」という感じの表情を浮かべた。
 わたしはそんな彼らの反応などお構い無しに、廊下に出ると同時に教室の引戸を素早く掴み、隙間が空いて廊下の様子が教室から見えないように引戸を閉める。
 そして引戸の横の壁に身をくっつけてこっそりと隠れると、このトラップの要となる右足を引き戸の前にしっかり伸ばして固定。
 ――よし、OK。これで後はあいつが無様にこの罠に引っかかるのを待つだけ。
 これで、もうすぐ自分が置いていかれたと勘違いしたいっしーが、この引戸を開けて勢いよく飛び出してくるはずだ。そして彼は、引戸の前にあるわたしの足に気づかずにつまずき、無様にその場で転ぶ。うん、我ながらなんて見事な作戦なんだろう。
 壁の影に隠れながら、思わずわたしの顔から笑みがこぼれる。
 目の前の教室の引戸が開くのを今か今かとわくわくしながら待っていると、突然後ろから誰かがわたしの両肩を掴んだ。
「ひゃわあっ!」
 思わず変な声を上げたわたしは、急いで背後を振り返る。するとそこにはまだ教室の中にいるはずのいっしーが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。
「う、うう………な、なんでここに」
「はっはっは、何をおっしゃる。あんな見え透いた罠に引っかかる奴なんて、お前かもしくはよほどの馬鹿ぐらいなもんだぞ?」
 自分でも完璧だと思っていた作戦をいともたやすく見破られたことと、馬鹿にされたこととでわたしは叫ぶように言った。
「ううぅぅうう! いつか絶対トラウマになるほど恐ろしい目に合わせてやるっ!」
「それは楽しみだ。せめて俺がよぼよぼのおじいさんになるまでにはしてくれよ」
 いっしーは全く気にしていない様子でわたしの言葉を流すと、廊下を先に歩き出した。
(――絶対! その言葉、後悔させてやるんだから!)
 わたしは先を行くいっしーの後を追いかけながら、心の中で彼への復讐を堅く誓った。


「そういえばさ、昨日やってたテレビ見たか?」
 昇降口へと向かいながら、いっしーが話しかけてきた。
「昨日のっていうと、『江戸黄門、ぶらり宇宙の旅』? 結構おもしろかったよね、あれ」
 特に最後に黄門様がお星さまになった場面なんかは、今思い出すだけでも少し泣きそうになるほど感動した。
 思い出して少し泣きそうになるわたしをしみじみと観察しながら、いっしーは呆れたような感じで言った。
「………ときどきお前ってすごいやつだなって思うよ。そんないかにもマイナー番組の王者のようなやつじゃなくて宇宙人特番のほうだよ」
 わたしはいっしーの言葉に少し意外だなと思って訊く。
「へ〜、意外。いっしーってそういうモノとかって、鼻で笑いながら否定するタイプだと思ってた」
 おいおい、ひどいなといっしーは苦笑いして言う。
「まぁ、確かに俺は物事を実際に自分の目で確認しないと信用しない質だけどさ。でも、実際に地球に俺たちがいるわけだろ? で、宇宙には何千、何万億以上もの星があるんだから、どっかに俺たちみたいな感じの生き物がいてもおかしくないのかもなぁ、というかいて当然だよなぁと思ってさ」
「ふ〜ん、そういうもんなの?」
 わたしはいっしーの言葉に興味なさげに相槌を打つ。
 いっしーは見た目と普段の態度とは裏腹に、わたしと同じ中学生にしてはけっこう持ってる知識が幅広く、そして深かったりする。彼曰くたくさんの小説を読んでるうちにいつの間にか、気がついたらいろんな知識が身についていたそうだ。わたしはいっしーと違ってあんまり本とかは読まないから、いっしーが言ってることが本当なのかどうかはよく分からないけど。
「じゃあ、いっしーはUFOとか、本当はもう地球のあちこちに宇宙人が来てる、とかそういうの信じてたりするの?」
 昇降口で、わたしは上履きを靴に履き替えながら訊ねる。
 いっしーはわたしの質問を鼻で笑って答えた。
「いや、それはないだろ。っていうか、何か勘違いしてるっぽいから言っとくけど、俺はあの手の宇宙人番組とかそういう電波系統は一切信じてないぞ」
「え、なんで? だって宇宙人は信じてるんでしょ?」
 わたしがそう尋ねると、いっしーはあまり面白くなさそうな表情で言った。
「だってさ、別に宇宙人がいるっていう説ならともかく、さすがにUFOだの、文明が高いだの、人類に平和を望んでるだのって、なんかいかにも嘘くさいものばかり並べ立てたようなものばっかりなんだぜ? 三流小説とかの方があれらと比べたらまだよっぽどましだな」
(う〜ん、確かに……)
 それには自分も同意する。宇宙人なんていうものが発見されてれば、とっくにテレビとか新聞とかでとっくに採り上げられてるはずだし、必ず隠し通せるようなものでもない。
 昇降口から校門までのグラウンドと校舎の間を通った、黒いアスファルトで舗装された道を二人で並んで歩きながら、いっしーは話を続ける。
「それにさ、そういう番組に出てる奴ら、あまりに胡散臭すぎ。言ってることなんてどこかの新興宗教の教祖のような電波っぷりだしな。………ああ、それで思い出した。なんか最近そういう番組多くなったなぁって言おうと思ったんだった」
「そういう番組って、よく特番でやってる宇宙人を見たとかそういうやつ? そうかな。わたしは別に多いなんて思ったことないけど……」
 別にたまに季節の変わり目とかにやるくらいで、やってる数もそんなに多くはないと思うけど。
 わたしがそう言うと、いっしーは「そうか俺の思い過ごしかな」と笑って答えた。
「それはそうと、みやっちって普段テレビは何見てるんだ? なんかさっきは超絶渋そうな番組名が出てたけど」
「む、別に渋くなんかないよ。すっごいおもしろいんだから」
 「そうかぁ?」といっしーが疑わしげな顔をするので、わたしがいかにおもしろい番組かを語ろうとした、そのときだった。
「――っ! みやっち!」
 突然いっしーが叫び声を上げると同時にわたしの服を掴んで、わたしの身体ごと後ろに引っ張った。
「え――?」
 いっしーに引っ張られて後ろに仰け反っていくわたしの目の前を、上から降ってきた野球ボールがスロー映像のようにさっきまでわたしの頭があった空間を通過していった。ボールは私がさっきまで立っていた地面に当たると大きくバウンドして転がった。どうやら、いっしーがわたしの方に飛んでくるボールを見つけ、わたしを助けてくれたらしい。ただ、
「っつ〜〜!」
 いきなり背後に引っ張られたことでバランスを崩したわたしの身体は、まっすぐアスファルトの固い地面へと背中から倒れ込み、頭を思わず目から火花が飛び散るかと思ったほど勢いよく打ちつけた。
「だ、大丈夫――か?」
 アスファルトの上に倒れたまま、頭を両手で抱え込んで痛みに悶えるわたしにいっしーは恐る恐る声をかける。
「全っ然、大丈夫じゃない!」
 あまりの頭の痛さに、わたしは思わず上半身を勢いよく起こすといっしーに向かって責めるように叫んだ。
「だ、だよな。すまん………」
 いっしーがすまなそうな顔で謝りながら、わたしの手を掴んでわたしを助け起こした。

 

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