見えない宇宙人

−2話−

黒蒼昴



「――頭、まだ痛いか?」
 家までの通学路を歩きながらいっしーは心配そうに、わたしの包帯を巻かれた頭を見る。
 あの後、ボールを取りに来た野球部の部員にひたすら謝られ、保健室で怪我をした頭を診てもらうことになった。幸い傷は少し頭を切った程度でたいしたことはなく、軽くガーゼと包帯を頭に巻いてもらうだけですんだ。
「ううん、もう大丈夫だよ。………それよりごめんね。いっしーは助けてくれただけなのに。わたし、いっしーに向かって怒鳴ったりなんかしちゃって………」
 わたしがすまなそうな顔をして謝ると、いっしーは「別に気にしてないからいいよ」と笑って言った。
「それよりもさ。一応頭打ったんだし、やっぱり念のため病院で診てもらったほうがいいんじゃないか?」
「病院て、ちょっと大げさじゃない? それにもうほとんど痛くないし、別に病院で診てもらわなくたって大丈夫だって」
 本当はなんだか頭の中がずきずきして痛かったのだけど、あんまりいっしーを心配させたくはなかったので、わたしは精一杯何ともない様を装って、顔に笑みを浮かべながら言った。
「………ほんとに? ならいいんだけど。――まあ、みやっちなら頭を打っても、それ以上悪くなることはないか」
 いっしーは少し訝しげな目でわたしを見ていたが、すぐにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「………ちょっと、それどういう意味?」
 わたしが少しむっとした顔で言うと、いっしーはおや、と不思議そうな顔をして言う。
「え? 俺はみやっちの頭は、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れない頑丈な頭だって意味で言ったんだけど、みやっちは何だと思ったんだ?」
「え? わたしの悪口なのかなって――って結局それもわたしの悪口じゃないの!」
「いやだな、俺はただ純粋な気持ちで褒めたんだぜ? なのに、なんでそんなに怒るんだ?」
 いっしーは首を傾げながら何のことか分からない、とも言いたげな顔をする。
「………絶対わざとだ」
「さて、なんのことだか。俺にはさっぱり」
「むう〜………」
 わたしが悔しげな表情を浮かべる一方、何故かいっしーは少し安心したような柔らかい笑みを浮かべていた。
 その後も家の近くの交差点で別れるまでの間に、幾度かいっしーと言葉の応酬を重ねたものの、口げんかで彼に勝てるわけなどなかった。


「あら、どうしたの。その頭」
 家に帰るなりすぐに、お母さんがわたしの頭に巻かれた包帯に気づいて訊ねてきた。
 学校での事を全部説明するのはややこしかったので、わたしは適当に、学校で転んで頭を打ったと説明した。
 別に大した傷じゃないと説明すると、お母さんは「あら、それは良かったわね」と安堵した表情で、わたしの頭を優しく撫でてくれた。お母さんの手は、少し傷に当たって痛かったけど、暖かくてとても心地のいいものだった。
 それから夜の七時になり、私が毎週楽しみにしているテレビ番組『甘えん坊将軍』を見ていると、会社から帰ってきたお父さんがわたしの頭の包帯を見て尋ねる。
「ただいまぁ。……ん? どうしたんだ、その頭?」
「ああ、うん。学校で転んで頭打ったの」
 わたしが先ほどお母さんにしたのと同じように説明した。するとお父さんに「馬鹿だなぁ、おまえというやつは〜」と言われ、わたしの頭をぐりぐりと乱暴に撫で回された。お父さんの手は、もろに傷に当たってとても痛くて、とてもむかつくものだった。


 翌朝、目が覚めると頭の痛みは完全に治っていた。傷ももうふさがっていたし、髪の毛に隠れて特に目立たなかったのでわたしは包帯をはずして家を出た。
 いつもの待ち合わせ場所に着き、少ししていっしーが道の向こうから歩いてくるのが見えたので、私は片手を挙げて軽くいっしーにあいさつする。
「おはよ、いっしー」
「おう、おはよ。お、もう治ったのか。さすがみやっち、野生動物もびっくりの脅威の回復力だな」
 そう言いながらいっしーが私の頭を手でばしばしと叩いてきたので、とりあえず私はいっしーの腹に拳をめり込ませることでその行動を許してあげることにした。
 いっしーが腹を押さえ、むせながら言う。
「げほっ……。お前な、何度も言ってるが、いきなり腹を殴るな。お前はもっと女の子らしくしろ。例えば口で言い返すとか、平手で叩くとか、いろいろあるだろうが」
「――それもそうね。じゃあ、次から女の子らしくおしとやかに掌呈でお腹を突いてあげる」
 いや、だから腹にこだわるのはやめろって、といっしーがぶつぶつと文句を言うが、わたしは女の子らしくおしとやかに無視してあげることにした。
「うわ〜、いつも思うけどすごい人だかりよね」
 中学校までの途中に通る駅のロータリーに差し掛かかり、わたしは駅のホームにひしめく通勤ラッシュを見て呟いた。
「おお、確かにすごいよなぁ。つくづく学校が近くで良かったって思うよ。あんだけ混みあってる中に毎日入って行くなんて、もうそれだけでへろへろになりそうだ」
 そうだよね、とわたしは彼の意見に心の底から同意する。確かに、毎朝あんな目に合うとなると、もうそれだけで登校拒否になってしまいそうだ。
「――あれ?」
 わたしは思わず声を上げて、ホームを凝視する。
 さっき、ほんの一瞬だがホームの人だかりの中に変な人――いや、人みたいなものが人ごみに混ざって動いているのが見えた。
「ん? どうした?」
 わたしが突然声を上げたので、いっしーが不思議そうな表情をして尋ねた。
「あのさ、今日ってどこかでお祭でもあったっけ?」
「は、お祭? う〜ん、知らないなぁ。だいたい今日って平日だぞ。なんで祭なんかやるんだ?」
 それもそうだ。別に今日は何か特別な日という訳でもないし、平日で普通に学校の授業もある。
「うん。なんかね、さっき駅のホームに卵みたいな着ぐるみを着た人がいたから、何かお祭りでもあるのかなぁって思って」
 人ごみの中にちらっと姿が見えただけだからあまり自信はないけど、確かに人の大きさをした何か丸っこいものが人だかりの中を動いているのを見た。
「へぇ、卵の着ぐるみ………それってどの辺りだ?」
 いっしーがホームに目を凝らしてその着ぐるみの姿を探し始めたので、わたしはその場所を指差そうとした。
「ほらそこに――ってあれ?」
 さっき着ぐるみがいた場所には普通のスーツ姿のサラリーマンが立っていて、そんな卵形の着ぐるみの姿などホームのどこにも見当たらなかった。
「ほんとにいたのか? その着ぐるみ」
 いくら駅のホームに目を凝らしても着ぐるみの姿を見つけることが出来ず、いっしーが疑わしそうな表情をしてわたしを見た。
「う〜ん、おっかしいなぁ。確かに見たんだけど……」
 着ぐるみの姿を探し続けるわたしに、いっしーが自分の腕時計を指差しながら言う。
「おい、そろそろ行かないとやばいぜ。たぶん何かと見間違えたんだろ。もう行くぞ、みやっち」
「………うん」
 いっしーが学校に向かって歩き始めたので、わたしはため息をついて探すのをあきらめると、いっしーと共に学校に向かった。
 そのあと学校で、クラスの友達何人かに今日どこかで祭があるのかと、卵の着ぐるみを見たかどうか訊ねたけれども、知ってると答えたのは誰もいなかった。

 

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