見えない宇宙人
−10話−
黒蒼昴
あれから数日が経った日曜日、いつもどおりわたしは図書館に行くと言って、家を出ていつもの喫茶店に向かう。駅前の喫茶店に着くと、やはりいつものように高村さんはすでにいつもの席についていた。 「さて、今日もいつもと同じ治療をしようと思うんだけど、今日はこの辺りじゃなくて隣の市でやろうか」 「え? なんで?」 なぜ今日はいつものようにこの辺りじゃなく、わざわざ隣の市まで行ってやるのかわたしは尋ねる。 「前の治療のとき、途中でいっしー君に出会っただろう? さすがに二回も僕と一緒に行動してるのを目撃されるのは少し不審がられるだろうし、もう同じ言い訳は通用しないからね。それに、たまには違う場所でしたほうが心機一転していいかなぁ……なんて思ったんだけど、嫌かい?」 「ううん、全然そんなことないよ」 わたしが高村さんの説明に納得するのを見て、彼は「じゃあ、行こうか」と席から立ち上がった。 この場所から隣の市へ向かうには、電車で行ったほうが早い。わたしたちはさっそく電車に乗り、隣の市へ向かった。 「そういえば、この前高村さんと会ったときにいっしーが言ってたんだけど、なんか高村さんってキツネに似てるんだって」 隣の市へ向かう電車の中、わたしはふとあることを思い出して高村さんに話しかける。 「キツネ? 僕がかい?」 不思議そうな顔をして聞き返す彼にわたしは頷く。 「うん。別にどう見てもキツネには見えないよねぇ……?」 わたしが首を捻りながら高村さんの顔をじっと見つめながら言うと、彼は何か思いついたのかにやりと笑顔を浮かべて言った。 「ははは、それはね比喩で、僕はキツネのようにかわいらしいって言ってるんだよ。いやぁ、まさかいっしー君にそんな趣味があったとはね。さすがの僕もびっくりだよ」 「……絶対それだけは違う気がする。ていうかそんな発想をする高村さんの方がアレだと思うけど?」 さらっと笑顔で危険な発言をする高村さんにやや呆れると、彼は心外そうな顔をして答える。 「おや、なかなかひどいことを言うね、千夏ちゃん。ほらよく言うじゃないか。真面目な恋をするより、少し危険な恋をしようって」 「それ意味違う」 そうこうやっているうちにわたしたちが乗っている電車はあっという間に目的地に着き、わたしたちは電車から降りて人気の無い道を選びながら歩き始めた。 「――おや?」 宇宙人の幻覚を探し始めてからしばらくして、不意に高村さんが声を上げる。 「どうしたの?」 わたしが訊ねると、彼は少し首をかしげながら答える。 「――いや、今人がいたような気がしたんだけど、どうやら僕の気のせいだったみたいだ」 「そう。……あ、そういえば高村さんって普段どういうことしてるの? テレビとかだと医者ってなんか皆忙しそうなイメージだけど、高村さんはあまりそういうふうには見えないんだよね。よくわたしの治療に付き合ってくれるし、精神科医って実は結構、ヒマ?」 わたしの遠慮の無い質問に高村さんは、「はっきり言ってくれるね」と苦笑する。 「実際のところ、忙しさは勤めてるところによりけり……かな。まあ、それでも平日とかは割りと暇なほうだね。ほら、うちは他と比べて緊急の患者なんてあまりいないし、大抵の患者は仕事がある人ばっかりだから平日よりも休日に多く来るんだ」 「へぇ、そうなの?」 意外。てっきり医者ってみんな寝る間も惜しむほど忙しい人ばっかりだと思ってた。でも言われてみれば、確かに外科とかはともかく精神科が忙しいっていうのはあまりテレビとかでも聞いたことが無い。 「うん。それに、僕の勤めているところはなんというか、全体的に他と比べるとお客が少なくてね。……まあ、最近は結構忙しいんだけど」 「ふぅん。高村さんもなんか、いろいろ大変なんだね」 わたしがそう言うと、彼は「そうさ」と苦笑いしながら答えた。 「さあ、続き続き。今日もがんばっていこうか、千夏ちゃん」 「そんな。仕事じゃないんだから」 わたしに激励の言葉をかける高村さんにそう突っ込むと、わたしは再び幻覚の姿を探しはじめた。 「じゃ、今日はもうこれで終わりにしようか」 千夏ちゃんが六つ目の幻覚を発見して、それが幻覚であることの確認が終わったとき僕は彼女に言った。 「え? うわ、もうこんな時間!」 千夏ちゃんは腕時計を見て、初めてもう夕方になってることに気づき、驚きの表情を浮かべる。 「本当なら駅まで送って行きたいところなんだけど、あいにく僕はこの後この近くで用事があってね。今からそっちの方に行かなきゃいけないんだよ」 僕がすまなそうに謝ると、千夏ちゃんは「ううん、一人で帰れるから、気にしないでよ」と笑顔で答えた。 「じゃあ、今日もありがとうございました」 千夏ちゃんはいつものように治療の最後にあらたまって礼を言うと、駅に向かって歩いていった。 僕は千夏ちゃんの姿が完全に見えなくなるまでその場に立ったまま見送り、さらに五分くらい経ってから口を開いた。 「――そろそろ、そこから出てきたらどうだい。いっしー君?」 「……やっぱり気づいてたか」 僕たちをずっと隠れて尾行していたいっしー君はそうつぶやきながら、少し離れたところにある電柱の影からゆっくりと姿を現した。 ここ最近、なんだかみやっちの様子がおかしかった。 最初に、みやっちの様子が変だと気づき始めたのは、二回目に彼女が、宇宙人がいると俺に言い出したときだ。 そのときは俺をからかっているのかと思ったが、みやっちの顔は真剣で、とても俺を騙そうとしているようには見えなかった。 けど、俺にはみやっちが言う宇宙人なんてものは見えないし、その前日に頭を打っているから、俺は彼女が心配になって大丈夫かどうか訊いた。けれど、俺がそう訊くなりいきなり彼女は態度を急激に変え、さっきのは気のせいでなんでもないと言い張った。 みやっちは昔から変なところで強情に意地を張ることがあり、そのときは、本人がなんでもないって言ってるんだし、どうでもいいかと思いあっさりみやっちを追求するのをあきらめた。 その日以降、みやっちは宇宙人が見えるなどと俺に言わなくなった。 俺はそのとき、生まれて初めて自分に対して殺意が沸いた。だが、いまさらいくら後悔したところで、もう過去には戻れない。 みやっちはその日以降ずっと何か悩みを抱えっぱなしで、けれどその悩みが俺には気づかれないよう、変に気丈に振舞っていた。 追求してもみやっちは絶対口を割ろうとしないだろうし、逆に彼女の心をただ傷つけるだけで終わるかもしれない。そう思った俺は彼女から無理に聞いてつらい思いをさせるよりはと、せめて一瞬だけでも悩みを忘れて元気になってほしくて、わざとおかしな行動をしたり、彼女をからかって怒らせたりして気を紛らわせていた。 けれど時が経つにつれ、みやっちの悩みは解決するどころか、彼女はしきりに落ち込むようになり、行動の不審さも増していった。 そしてつい先日、とうとうそんなみやっちを見ていられなくなった俺は、彼女をさらに困らせるかもしれないということを承知で問い詰めた。けれども彼女の困った表情と拒絶の言葉に、俺は身を引かざるを得なかった。 正直言うとあまり気が引けるが、他にいい考えも思い浮かばず俺は彼女に拒絶された後、従姉弟のカウンセラーに彼女のことを相談しようと従姉弟の経営する医院へと向かった。従姉弟は性格はアレで、人を困らせることが大好きな奴だが、それでも昔から相談にはしっかり乗ってくれるし、困ったときには全力で力になってくれれる、いいやつだ。 そして、俺はその道の途中でこいつに出会った。
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