見えない宇宙人

−11話−

黒蒼昴



「いつから、気づいてたんだ?」
「最初からずっと――と言いたいとこだけど、三つ目の幻覚を見つけたときだったかな。今度からはもうちょっと自分の影に気をつけて尾行したほうがいいよ」
 高村は不敵な笑みを浮かべながら俺に言う。
「ああ、そうだな。今度からは気をつけるよ。で、一つ聞きたいんだが、今日は一日何してたんだ? 俺には町を案内してもらってるようには見えなかったけど」
 俺がそう訊ねると、彼は困った顔をして答える。
「う〜ん、その前にその言葉遣いはどうかと思うけどね。まあ僕は敬語で話されるよりかはそっちのほうがいいけど。……う〜ん、そうだなぁ。どうやら君には嘘は通じなさそうだし、千夏ちゃんには悪いけど本当のことを言わせてもらおうかな」
 そう言うと高村は急に真面目な顔をして、口を開いた。
「君が疑っての通り、僕は千夏ちゃんの叔父じゃない。僕は実は精神科の医者でね。千夏ちゃんに頼まれて幻覚の治療をしているんだよ」
「幻覚?」
 俺がそう聞き返すと、彼は頷いて続ける。
「そう。どうやら彼女はある日頭を打ってから、宇宙人の幻覚を見るようになったそうなんだ。で、偶々彼女がその幻覚を触ろうとしていた所に僕が出くわして、彼女に頼まれてその幻覚を治療しているというわけさ」
「…………」
 多少は覚悟していたものの、あまりに予想外な話に俺は内心唖然としていた。
 だが、確かにそれならみやっちが妙に周りをきょろきょろしていたのも、宇宙人が見えると言い出したことも辻褄があう。
 俺が黙りこんでいるのを見て高村は困ったように苦笑いして言った。
「あ、信じられない? まあ、僕は君に一回嘘をついているからね。それに、さっきの話も、確かに嘘っぽいといえば嘘っぽい話――」
「――いや、俺はお前の今の話は信じる」
 俺は高村の言葉を遮って答える。俺の答えが意外だったのか彼は少し驚いた表情を浮かべる。
「……ただ、治療っていうのは嘘だ」
 俺がそう言うと、高村は少し傷ついたような表情を浮かべながら言った。
「おや、それは心外だね。僕は医者として、きちんと千夏ちゃんの幻覚を治したいと思っているし、最善の努力をしているつもりだよ?」
「いいや、違うな。この前お前と初めて会ったときに気づいた。お前があいつを見る目は患者のことを思いやっている目じゃない。――そう、しいて言うなら好奇心。医者じゃなくて、何かの実験をしている科学者みたいな目だ」
 俺が高村を睨みつけてそう言うと、彼はまるで教師が生徒を褒めるように、感心した表情でぱちぱちと拍手をした。
「ほう。そこまで気づくとは、君なかなかすごいね。じゃあ、ご褒美に少し君に昔話をしてあげよう」
 高村はそう前置きをすると、話し始める。
「……あれは、ちょうど半年くらい前だったかな。うちの医院にある少年が来たんだ。彼は数日前に頭を打って以来、人の姿が化け物に見えだすようになったそうだ。僕は彼の症状は恐らく幻覚の類だろうと判断して、早速彼の治療に入った。
 実は幻覚というのは種類がたくさんあってね、まだ仕組みが解明されていないものも実は結構あるんだ。彼の症状はそのなかの一つでね。確立された治療方法がないから、僕はいろいろなこと治療方法を試みた。
 で、いろいろ試みた結果やっとのことである程度の治療方法は分かったんだけど、あまりに長く時間がかかったせいか、彼の症状はすでにかなり悪化していたんだ。
 初めの頃は視界に入る数人だけが化け物に見える程度だったんだけど、その頃にはすでに視界に入る人間の八割方が化け物になっていて、彼はそのことで少し疑心暗鬼になっていた。
 ひょっとしたら暴走するかもしれないと心配した僕は、彼にこっそり監視をつけたんだけど、それがいけなかった。見張りに気づいた彼は完全に僕たちのことを信用しなくなり、幻覚も幻覚ではなく本物なんだと思い込んでしまったんだ。
 そして今から半年前、彼はとうとう暴走し、包丁を持って道行く通行人を手当たりしだい襲い掛かった。――この事件についてはこの辺りで起こったことだから、いっしー君もよく知ってるんじゃないかな?」
 確かにその事件についてはよく知っている。幸い、人が少ない時間帯だったのと、すぐに犯人が取り押さえられたので死者は出ず、被害者も少なくすんだらしい。
「……なるほどな。つまり、その病気の治療方法とやらをお前らはみやっちで、うまくいくか試験しているわけだ」
 俺の言葉に、高村は苦笑いして言う。
「それは人聞きが悪いね。千夏ちゃんを助けるために試行錯誤していると言って欲しいな」
「……これだけは言っておく。もし、みやっちに何かしたら、お前に今までの人生で一番の後悔を味あわせてやるからな」
 俺はそう一方的に告げると、その場から一度も振り向かず立ち去った。



「……やれやれ、ずいぶん過激な騎士君だね」
 僕はいっしー君の姿が見えなくなるまで見送るとそうつぶやいた。
「ふふ、それにしても、彼も若いなぁ。わざわざ僕に喧嘩を売りに来るなんて。ま、まだ子供だからしょうがないか。………残念だね、もう少し千夏ちゃんと遊びたかったんだけど。しょうがない、そろそろ本来の目的に移るとするか」
 僕はポケットから携帯電話を取り出すと、あるところに電話をかける。
「――うん、じゃあそういうことでよろしく」
 通話が終わり、僕は携帯電話をしまうと一人つぶやく。
「……それにしても狐とは彼もなかなかいい例えをするね。昔より人を化かし、人を喰らい――神として祭られ、畏怖される」
 僕はにやっと意地の悪い笑みを浮かべて笑う。
「さあ、チェックメイト。果たして騎士は姫を守れるのか。それとも人はやはり神の手のひらで踊らされるだけで終わるのか――うん、実に楽しみだ」
 僕は芝居がかった口調でそうつぶやき、駅への道を楽しげな笑みを浮かべながら歩いた。

 

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