見えない宇宙人

−12話−

黒蒼昴



 先ほどまで出ていた夕日はすでに灰色のビルの谷間に沈み、鮮やかな茜色だった空も今はすっかり薄暗い夜色になっていた。その暗い空の下、一人歩きながら僕はつぶやく。
「う〜ん、夕方のいっしー君の決意表明のせいで少し遅くなったな」
 道沿いに建つ白い外灯の光に照らされた腕時計の文字盤を見て、僕は少し困ったような笑みを浮かべる。
「それにしても、こちらの手を探りもせずいきなり本題に切り込んでくるとはね。彼も単純というか、いやそれだけ彼女の事が心配ということなのかな?」
 僕は誰かに見せるでもなく一人、うんうんと大げさに頷く仕草をしながら言う。
「若さゆえの行動力……か。いやはや見ていて実に微笑ましくなるね――そして分かりやすい」
 にやりとした笑みを浮かべて僕は立ち止まる。
 体を左に向けると、暗闇の中にほんのりと浮かぶようにして学校の校舎にも似た白く横に広い建物が建っているのが見えた。そしてその手前には、横に小さな守衛室のついた頑丈そうな鉄の門が僕と建物の間に割り込むようにしてあった。
 僕が門に近づいていくと、守衛室の中にいる中年の男性が窓越しに僕の姿を見つけて声をかけてきた。
「おや――うん。今日もまたこんな夜遅くまで仕事ですか、大変ですね」
「まあ仕事だからね。それに僕の場合は好きでやってることだから。おじさんこそこんな夜遅くまで、結構疲れるんじゃないかい?」
「いえ、この時間は誰も来ませんから意外と実は楽だったりするんですよ――っと、今開けますね」
 おじさんはそう言うと部屋の中の装置を操作する。ガチャリという重たい金属音と共に門扉の鍵が開き、重い車輪の転がる音を立てながら両開きのうちの片方の扉が内側に開いていく。
 扉が開ききる前に門を通り、僕は彼に声をかける。
「ありがと、おじさん。あとゲームはせめて外から見えない位置に隠しといた方がいいよ」
 僕に指摘された彼が苦笑しながらゲームを隠すのを尻目に見て、僕は建物に向かって歩き出す。そして門からいくらか離れたところで門が閉まる音が聞こえた。
「……もうすぐだ」
 実験の舞台は整いつつある。もう幾度目かの実験を通過してきた今度こそ答えが――五年前のあのとき、どうしてあんなことになったのか、その答えが今度こそ分かるかもしれない。
 今でも鮮明に思い出すことの出来るあの日の出来事。僕は立ち止まると、目を閉じてしばし感傷に浸る。
「……………」
 少しして僕は目を開けると、ため息をついて背後に体を向けた。
「本日第二回目になるね――そろそろそこから出てきたらどうだい?」
 僕が言ってから十秒ぐらいして、少し離れた木陰から見た目的に僕よりも若い女性が罰の悪そうな顔をして出てきた。
「……どうして気づいたんです?」
「なあに簡単な推理だよ村井君。たまに足音がしてたし、守衛のおじさんが僕の背後にちらちらと視線を送っていたからね」
 僕があっさりと解説すると、村井君と呼ばれた彼女は「あちゃ〜」とため息をついて言った。
「私の華麗なる計画では不意に背後から私に驚かされた高村さんが涙眼になりながら腰を抜かして、その弱みを握った私はこれからの仕事が楽々……というふうになるはずでしたのに」
「ふむ、ではその仕返しとして仕事を山ほど与えて村井君を涙目にしてあげよう――と思ったけど、もうそれはすでにしていたね」
 軽い失敗をしてしまったような口調でそう言うと、村井君は露骨に嫌そうな顔をしながら答える。
「ええ、それはもう過去形ではなく現在進行形のいじめですよ。ときどき私の下に下請けがいてもいいんじゃないかなぁって思うくらいです」
「うんうん、世の中にはずいぶんとひどい人間がいるものだね。それでもきっちり仕事をこなしている村井君は偉いよ。おまけにこれからも頑張り続けますだなんて、いやはや尊敬に値するよ」
 爽やかな笑顔で軽く拍手をすると、彼女はにっこり微笑んで答える。
「ワァ、トテモウレシイデスゥ……尊敬しているなら今度私の銅像でも建ててお供え物でもして欲しいですね。それにしても今日の夕方の電話、ずいぶんといきなりじゃないですか。おかげで全スケジュール前倒し、実験の許可を取るために慌てて院長の所に行ってぺこぺこ……過労死してもいいですか?」
 冗談交じりに愚痴を言う村井君に僕は苦笑いして答える。
「いやぁいつもすまないね、村井君。もし君が倒れたらそのときは墓に君の石像を立ててあげるよ。……それで、院長の許可は取れたかい?」
 顔からそれまでの笑みを消し、僕は真剣な表情で彼女に訊ねる。彼女も僕の表情から意図を察してか、それまでのおどけた態度をやめて真顔で答える。
「……取ることはできました。ただし、今回を最後に実験は打ち切ること。そして万が一のことがあれば、ええと――」
 言葉を濁らせ、数瞬目を泳がせる村井君に代わって僕が続きを言う。
「消されるだろうね。正直、前回の騒動時にそうならなかったことが不思議なくらいさ。まあ、あの腹黒院長のことだ。僕にまだ利用価値があったのと、騒動で下手に動きたくなかっただけだろうけどね」
 淡々とそう語る僕に彼女は呆れているのか哀れんでいるのか複雑な表情を浮かべる。それに気づいた僕はわざとらしく明るく笑いながら言う。
「いやしかし許可が下りて良かったよ。下りなかったら一人でこそこそとやる羽目になっていたからね。まあそれも出来ないことはないけれど、下手するといっしー君の返り討ちにあってぼこぼこにされちゃうかなぁ。僕こう見えて体力無いからね。ははは」
 しかし冗談を言う僕に対して村井君からの突っ込みは入らず、彼女は相変わらずの顔で僕を見つめながら口を開く。
「…………なぜです。どうしてそこまでしてこんな無意味なことを続けるのですか」
 村井君は責めるように僕を睨みつけて問う。
「何をしようが決して死人は生き返りません。五年前にも戻れません。答えを知って、それが何になるというんです? 何にもならない、何にも変わらないではないですか!」
 彼女は興奮して肩を震わせながら言うと、僕の目をまっすぐ見つめて僕の答えを待つ。僕はこの状況をどうはぐらかそうかとも思ったが彼女の真剣な態度に観念し、僕はため息一つついて口を開く。
「――僕はどうしても答えが知りたい。別に何かを変えたいとかそういうものではなくただ知りたいんだ。例えそれがどんなに最悪な答えだろうと、それを求めずにはいられないのさ」
 途中からつぶやくようにそう言うと、僕はそれ以上は語る必要は無いと思い、村井君に背を向けて建物の方へと歩きはじめる。
 途中、彼女が何かを言った気配はしたものの彼女が僕を追ってくる気配は無く、僕はそのまま彼女の方を振り向きもせず建物の中に入った。



「……報われませんね」
 私は遠ざかっていく高村さんの姿を目で追いながら、そうつぶやいた。
 雰囲気に圧されて何も反論できなかった私は、やれやれと首を横に振って息を吐く。なんとなく気まずくて追わずに時間をつぶそうと思ったとき、ポケットに入った携帯が鳴った。
「もしもし……あ、院長ですか。ええ、別にこっちはトラブルも無く順風満帆な日々を送ってますよ。ついでに給料が上がるともっといい風が吹くと思いますよ……ええ、大丈夫です。やっぱり前回のが懲りたんでしょうかねぇ、実験のじの字も出てませんよ。……はい、分かりました」
 私は電話を切ると、口元に少しばかりの笑みを浮かべて口を開く。
「やれやれ……。今回は実験がうまくいくといいですね、高村さん」
 私はそう小さくつぶやくと、建物に向かって鼻歌交じりに歩きはじめた。



「……ねえ、いっしー。ねえったらっ!」
 学校からの帰り道、先ほどからずっとぼんやりとした様子でわたしの話を聞き流しているいっしーにわたしは強い口調で声をかける。
「――えっ? あ、ああ。なんだ、みやっち?」
 いっしーは我に帰ったようで、慌ててなんでもない様を装いながら笑顔でそう聞き返してきた。
「もう。なんだじゃないでしょ。どうしたの? 今日のいっしー、なんかおかしいよ。授業中もずっと何か考え事してたし……。何かあった?」
 心配になってわたしがいっしーの顔をじっと見つめて訊ねると、彼は顔をそらしてつぶやく。
「――どうやったら狐を倒せるかを考えてた」
「………何それ。ゲームの話?」
 わたしが怪訝な表情を浮かべると、いっしーは苦笑いしながら「まあ、そんなとこかな」と歯切れの悪い口調で答えた。けれどわたしはそんな彼の少し不自然な態度には気づかず、呆れた顔をして言う。
「な〜んだ、心配して損した」
 いっしーの身に何か困ったことでもあったのかなという心配と、もしかして自分の病気がばれたのかなという不安が消え去り、わたしはほっとしたような拍子抜けしたようななんだか複雑な気持ちになった。
 そんなわたしの曖昧な心境などよそに、いっしーは急にいつものような明るい笑みを浮かべて口を開く。
「おっ、なんだ心配してくれてたのか? う〜ん、みやっちもようやく人を思いやることができるまでに成長したんだな。お父さんはうれしいぞ」
「だから、誰がお父さんよっ」
 頭を撫でようとして伸びてきたいっしーの手をわたしは下から手ではじく。
「こらっ、千夏! お母さんはあなたをそんな乱暴な子に育てた覚えはありませんよ!」
 手をはじかれたいっしーは悪戯っぽい笑みを浮かべながら高い裏声でそう言うと、徐々に顔の表情が怒りに変わっていくわたしから脱兎のごとく逃げ出した。
「あっ! 待て、いっしーっ!」
「そう言われて素直に待つ馬鹿はみやっちぐらいだぜ!」
 逃げながらもさらにいっしーはわたしを挑発し、さらに怒りを爆発させたわたしは全力で追いかけ続ける。しかし彼との差が一向に縮まることはなく、ついに途中でわたしは彼の姿を見失ってしまった。
「……くっ、覚えておきな………さいよ」
 道の真ん中でひざに手をついて立ち止まると、ぜいぜいと息を切らしながらわたしはそう悔しげにつぶやいた。

 

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