見えない宇宙人

−13話−

黒蒼昴



「やれやれ、それにしてもさっきはやばかったな」
 自転車を漕ぎながら俺はため息をついてぼやく。
 みやっちに余計な心配をさせないためにいつものように振舞うと決めていたのに、ついいつの間にか昨日のあのことについて考えこんでしまう。
 高村が言っていた、みやっちの見ている幻覚と半年前にこの町で起きた同じ症例の患者が起こした事件。それらを調べるために俺は市の図書館に向かっていた。
 高村の言っていたことの大体は本当のことなのだろう。高村の説明で、それまでのみやっちのとっていたおかしな言動や行動に納得もできた。だが、高村の言葉を全部そのまま鵜呑みにすることは危険なことだ。
 みやっちは全く気づいていないだろうが、あいつはかなり狡猾でこういう影のことに慣れている人間だ。恐らく俺を混乱させるためにすぐにばれるような嘘ではなく、わざと本当のことも混ざったいやらしい嘘をついているはずだ。
 どこまでが本当でどこまでが嘘なのか。それを調べるためにこうして図書館まで来たわけなのだが……。
「改装工事って、まじかよ……」
 扉に張られた紙を見て俺は肩を落とす。つい昨日から工事は始まったようで、終わるのはしばらく先の話になりそうだった。
「……ついてないなぁ」
 俺は図書館の入り口の前に立ち、他に資料がありそうなところはないか腕を組んで考え込む。
 市内にある他の図書館は小さくて資料があるとも思えない、かといって隣の市の図書館は大きいもののここからだとかなり時間がかかる……。
「――智姉のとこなら置いてるかな」
 智姉は地元で診療所を開いてカウンセラーをしている俺の従姉弟だ。結構歳が離れている割には昔から仲がよく、よく彼女の元に遊びにいったり相談したりしている。今回のみやっちの件もさわり程度に俺は彼女に相談していた。
 俺はそばに停めてあった自分の自転車にまたがると、智姉のいる診療所へと向かった。


 大通りからは少し外れたところにある、二階建ての小さな診療所。俺はその前に自転車を停めると、ドアを開けて中に入る。
「智姉、いるかぁ〜?」
 俺はいつものように声をかけながら中に入り、いつ来ても誰か座っているのを見たことが無い長椅子が置かれた待合室を通り抜けて奥の部屋のドアを開けた。
「――何してんの? 智姉」
 奥にある診察室に入った俺は、足の踏み場がないほど床に満遍なく並べられた無数の小さい紙と、床にひざまずいてそれらを難しい顔で凝視している智姉の姿を見て、呆れた口調で声をかけた。
 智姉は部屋に入ってきた俺に顔を向けるとふふん、とからかうような笑みで答える。
「百聞は一見にしかず。見て分からないなら聞いても分からないわよ?」
「いや、それとこれとはまた違うし……だいたい診療時間中にすることじゃないだろ、それ」
 俺は部屋に置かれた患者用の椅子に腰を降ろすと、床に並べられた大量の名刺を指差して言った。
 智姉の趣味は少し変わっている。なんでも人の名刺を集めて眺めるのが大好きらしい。そしてよく自分が保管する名刺の並ぶ順番に飽きては、たまにこうして暇つぶしのように一々名刺を並び替えたりなんかしている。
「あら、それなら大丈夫よ。うちの診療所に患者なんてあんまり来ないし………はぁ〜」
 自分で言っておきながら、智姉は急に落ち込んだ様子で深くため息をつく。
「前から不思議に思ってたけど、よくそんなんでここ潰れないよな」
「ずいぶん失礼なこと訊いてくれるじゃないの。……うちの収入の八割方は近所のおばさま達でね。いつも病気の振りしてやって来ては積もりに積もった鬱憤話を長々と話して、私はそれをただ聞いて相槌を打つだけ」
 智姉は深くため息をついて続ける。
「――まあ、愚痴を聞くだけで診察代もらえるんだからそれはそれで楽でいいんだけどさ、なんか違う気がするのよねぇ……。それで、今日もまた例の小説の相談でもしに来たの?」
 並び替えが終わったのか、床に置かれた名刺を次々に拾っては保管用のファイルに閉じながら智姉はついでのように俺に訊ねる。
「確かこの前来たときはヒロインの子がおかしくなる原因だっけ? 確かモンスターが見える能力を手に入れたとかそんな話をしてた気がするけど」
「なんだよ、その臭い設定は。俺はただ原因をどうしようか考え中だって言っただけじゃないか。それとモンスターじゃなくて宇宙人な」
 俺が呆れたような口調で言うと、智姉は作業の手をとめて首を傾げる。
「そうだっけ? 中学生らしくていい設定だと思うんだけど。じゃあどういうふうに考えてるの?」
「あぁ……おかしな行動の原因は、ヒロインは頭を打ったことが原因で幻覚を見るようになったっていうふうにしようと思ってるんだ」
 俺が答えに智姉は「ふ〜ん、幻覚ねぇ……」とあまり気に入らないような返事をすると顔を背けて作業を再開する。
 俺は最近のみやっちのおかしな行動を、今俺が書いている小説の話だと偽って相談していた。というのも、智姉には人をいじるのが大好きであり、またトラブルに首を突っ込みたがる野次馬おせっかいというかなりはた迷惑な性分があったからだ。
 もしうっかり彼女に弱みを掴まれようものなら、彼女が飽きるまで何度もいじられる拷問が待っている。
 だがそれでも俺は、昔から困ったことがあればよく智姉に相談していた。その後の行動や態度は最悪だが、悩みやトラブルが起きている最中だと智姉は必ずとても真剣な態度で対応してくれ、率先して解決の手助けをしてくれるからだ。
 どんな悩み事でも彼女に相談すればたちまち解決してしまう。その代価が後に控える公開処刑ならば安いもので……あまり安くはないかもしれない。
 さすがに毎回いじられるのも嫌なので、俺は今回苦肉の策として、今度のことは悩み事ではなく自分が書いた小説――架空の話にしてしまおうと考え付いた。架空の話ならば自分がそれをネタにされることもないし、みやっちにまで被害が及ぶこともないだろう。俺はそう考えた。そしてこの策は意外とうまくいき、今のところばれてはいない。
「……まあ幻覚と一言でいってもかなりその種類や症状は豊富だったりするんだけど。それ故話も作りやすいかもね。で、今日は別にそれを報告しに来たわけじゃないんでしょう?」
 全ての名刺をしまいこんだファイルをパタンと閉じ、智姉は自分の椅子に深くもたれるように座って訊ねる。
「ヒロインの子の治療に私のキャラを使いたいっていうのなら、いつでも相談に乗るわよ」
 にっこり微笑む智姉から嫌な気配を読み取り、俺は笑みを浮かべながら全力でお断りした。

 

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