見えない宇宙人
−15話−
黒蒼昴
「う〜ん……やっぱり怪しい」 今日いつものように学校の終わりにいっしーと帰ろうとすると、彼は用事があるんだと言ってわたしが止めるのも聞かずにさっさと帰ってしまった。 今日の授業中もまたぼんやりしていたし、そのくせわたしが問いただすと冗談を言ったりふざけたりして慌ててなんでもない様を装う。 「どうしたんだろう、いっしー……」 わたしは一人帰り道を寂しく歩きながら、そうつぶやく。 「――あっ」 (まただ………) 道を歩いているとまた視界に幻覚が入ってきた。それを見るたび何故か不安に襲われるような嫌な感じがして反射的に目を背ける。 前までは普通にたまに風景を見ながら歩いていたこの道も、今では幻覚があちこちにあふれる光景になってしまっていた。 わたしはいっしーと帰るときはなるべくそれらを意識しないようにわざと明るすぎるくらいに振舞っていっしーと騒ぎ、一人のときは幻覚を見ないようずっとうつむきながら家までの道のりを歩いていた。 「………早く治らないかな」 治療を受けているのに幻覚は収まるどころか逆に増えているような気がする。 そう頭に浮かんでわたしは慌てて首を振ってその考えを打ち消す。 高村さんは善意でわたしの治療をしてくれているのに、わたしはなんてことを考えるんだろう。 「――あ」 そうわたしがため息をついたとき携帯が鳴り、わたしは慌ててポケットから取り出した。 「……誰?」 それはわたしの知らない番号からの電話だった。わたしは少し躊躇しながらそれに出た。 「――もう夕方か」 授業が終わってすぐに急いで向かったものの、目的地の前に着いたのは空が茜色に染まる頃だった。 国立津田精神医療センターと文字が打たれた金属製のプレートと名刺に書かれた名前とを見比べて、改めてここであることを再確認する。 「問題はどうやって入るか、か」 病院の建物自体は俺が通う学校の校舎よりも小さい三階建ての建物だ。しかし建物の規模とは反し、敷地内をぐるりと囲む高い塀と唯一の入り口である常時守衛付の頑丈そうな閉ざされた門がその行く手を遮っていた。 「さあてどうするか……」 俺は門より少し離れたところから、門をじっと観察しながら中に入る手段を考える。 塀は高くとても乗り越えられそうにも無い。かといって、門は閉まっているし無理に開けようとすればまず守衛に見つかってしまう。 「……やるしかないか」 多少不安ではあるが、智姉から借りた名刺を使って突破するしか――。 「うちに何か御用ですかぁ?」 不意に背後から呼びかけられ、俺は思わず飛び上がりそうになった。慌てて背後を振り向くと、いつの間に近づいたのか二十代くらいのスーツ姿の若い女性が不思議そうな表情を浮かべて俺の後ろに立っていた。 「さっきから、ずっとうちの病院の門を眺めてましたけど、何かうちに用ですか?」 「ああ、ええとその――」 恐らくこの病院の関係者だろう女性は、興味深そうな目をして俺の返事を待つ。俺は意を決し、先ほど考えていた方法を彼女に対してやることにした。 「あ〜、実は俺小説を書いていまして、でその参考にここの中を見学させて欲しいんです」 「え、見学? う〜ん、うちはそういうのは許可してないんですけど……」 彼女は俺の言葉に少し驚いた顔をしたが、すぐに困ったような口調でそう言った。 もちろんそういう反応が返ってくることは想定済みで、俺はさらに用意していた言葉を続ける。 「でも、この前にここの高村さんっていう人に会ったとき、『いつでも見学させてあげるよ。この名刺を守衛の人に見せるといい』ってそう言われましたけど」 俺は困った表情を浮かべながら高村の名刺を女性に渡す。 名刺を受け取ると彼女は弱った顔をして言う。 「高村さんが? う〜ん、あの人なら確かに言いそう……。ちょっと待っててくださいね」 そう言って彼女は携帯電話を取り出すと、どこかに電話をするそぶりをする。 俺はその様子をごくりとつばを飲みながらじっと見守る。高村の性格なら来るなら来いと俺を招き入れそうな気がする。それにもし仮に拒否されたとしても、高村にお前の居場所はつかんでいるという意思表示になり、みやっちに手を出させづらくすることが出来る。 成り行きを見守っていると、彼女は「出ませんね」と困った顔をして俺に言った。 「しょうがないですね。特別に見学することを許可してあげます。ただし、高村さんの代わりに私が案内しますから、私の言うことをしっかり聞いて勝手に私のそばから離れないこと。いいですね?」 俺がうなずくと、よろしいと彼女は満足げにうなずいた。 「ああ、あとこの名刺は没収ですから、あしからず」 「え! そ、それは困るんですけど」 智姉の大事なコレクションなだけに俺は慌てて返して欲しいと頼むが彼女は受け付けなかった。 「駄目です。まったく、高村さんは関係ない人にまで名刺をばらまくなんて……」 はぁ、と彼女は深くため息をつく。返してもらえないことを悟った俺もどう智姉に言い訳しようか考えてため息をついた。 「では早速病院見学ツアー、レッツゴ――と、その前に自己紹介がまだでしたね、私の名前は村井と言います。君の名前は?」 俺が名前を名乗ると、彼女は楽しげな笑みを浮かべながら言う。 「ふむ、では改めて病院見学ツアー、レッツゴーッ! ……ほら君も一緒になって、レッツゴーッ!」 高村といい智姉といいこの人といい、この分野の人はみんなこんな感じなのだろうかと俺は思いながら、彼女について病院の建物へと向かった。
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