見えない宇宙人
−19話−
黒蒼昴
「――お?」 今朝も一人で登校した俺が教室に入ると、みやっちが教室の彼女の席に座っているのが見えた。 「……よ、よお、みやっちおはよう」 例の一件があって声をかけるのに少し躊躇したが、出来るだけ明るくあいさつの言葉をかける。 だがみやっちは素っ気無く小さな声であいさつを返しただけで、全く俺の方を見ようとはしなかった。 「…………」 俺はそれ以上みやっちに声をかける勇気が持てず、うなだれながら自分の席に戻る。 それから幾度か、授業中に勇気を充電して休み時間の度に声をかけにはいったのだが、見事に全て撃沈した。 授業後のホームルームの最中、俺はこのままじゃいけないと思い、腹をくくる。そしてホームルームが終わると同時にみやっちの席のもとにまっすぐ向かった。 みやっちは俺が向かってくるのを見るなり避けるように素早く鞄を持って教室から走って出て行く。もちろんそんなことは想定内で、俺は素早くみやっちの後を追いかけて昇降口まで走る。 「ちっ、早いな!」 みやっちの足は思っていたよりも速く、俺が昇降口に着くと同時に靴を履き替え終えて外に出てしまった。 俺は靴を履き替えず、上履きのまま昇降口を飛び出してみやっちを全力で追いかける。 「おいっ、待てよみやっちっ!」 もちろん待てと言われて待つ馬鹿なんているわけがない。みやっちの足の速さは全く緩むことがなく、やがて前と同じく再び彼女の姿を見失ってしまった。 「くそっ!」 俺は腹立ち紛れに横の塀を殴る。 みやっちの家の前で見張っていれば彼女を捕まえるのも楽だろうが、もし見張っているのがばれたら最悪家に帰らなくなるだけかもしれないし、彼女の安住の地を奪うようで嫌だった。 (――俺は何も出来ないのか) 何の力もない自分の不甲斐無さにうなだれながら、とぼとぼと自分の家に向かって歩いた。 「おや、なんだか暗い顔してるけど、いったいどうしたんだい千夏ちゃん?」 いつも治療のときに待ち合わせしている喫茶店で、高村さんは心配そうな表情を浮かべた。 「うん……ちょっといろいろあって………」 わたしは無理やり小さく微笑んでそう答える。 ……今日もまたいっしーから逃げてしまった。今までの嘘を責められるような、いっしーから拒絶の言葉を浴びせられるような気がした。 本当はいっしーは絶対そんなことはしないと分かっている。なのに、いざいっしーに話しかけられると、恐怖心が勝って気がついたら逃げてしまっている自分がいる。 わたしが再び憂鬱な表情を浮かべるのを見て、高村さんは「これは重症だね」と困ったような笑みを浮かべて口を開く。 「何か悩み事があるのなら聞いてあげるよ? ……なるほど、僕と恋人同士になりたいと。いやはや千夏ちゃんが僕のことをそんな風に思っていたなんて意外だね。千夏ちゃんなら僕はいつでもウェルカムさ」 高村さんは一気に明るくそう言うと笑顔で両手を広げる。 「さあ、僕の胸に好きなだけ飛び込んでおいでっ」 「誰が飛び込むか! っていうか、それわたしの悩みじゃなくて高村さんの願望でしょっ」 いつの間にか好き放題言われていることに気づいて、わたしが怒鳴ると高村さんは広げた腕をやれやれという仕草に変える。 「おやおや照れなくてもいいんだよ。千夏ちゃんは恥ずかしがり屋さんだねぇ」 「……人の話全く聞いてないでしょ」 わたしが呆れた口調でそう言うと、高村さんはゆっくり首を振って答える。 「いいや、ちゃんと聞いてるよ。まさか千夏ちゃんが僕の事をそんなに想っていたなんて……。さてといい気分になったところで今日の治療を始めようか」 高村さんは立ち上がると、鼻歌交じりにカウンターの方へ歩いていく。 「やっぱり聞いてない………あれ?」 わたしは後に続いて立ち上がりながらそうつぶやき、そして気づいた。 さっきまで自分の中にあった暗い気持ちが心なしか明るくなった気がする。 「さっきのはわたしを元気付けるためにわざと……?」 わたしはカウンターで支払いを済ませる高村さんの背中を見ながら、そう小さくつぶやいた。
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