見えない宇宙人

−3話−

黒蒼昴



「う〜ん、やっぱり見間違いだったのかなぁ?」
 学校からの帰路をいっしーと並んで歩きながらわたしは呟いた。
「……なんだ、まだそのこと気にしてたのか?」
 呆れた表情を浮かべていっしーが言う。
「どうせ、ただの見間違いだって。他に誰も見たやつはいなかったんだろ?」
「うん…………そうだね、やっぱりただの見間違いだったかも」
 なんだか急激に着ぐるみを見た自信がなくなってきた。もしかしたらわたしが見たのは単なる太っているだけの普通の人だったのかもしれない。
 そう考えると、なんだかさっきまで悩んでいたことがとても馬鹿らしく思えてきた。
「あ〜、そうそう。そういえばさ、昨日やってた番組見たか?」
「昨日のって、また宇宙人とか、そういうの?」
 わたしがそう訊ねると、いっしーは違う違う、と首を振って続けた。
「普通のファンタジー映画だよ。主人公たちが本の中の世界に入っていろいろ冒険する話なんだけど、これが結構おもしろくてさ」
「へぇ、本の中かぁ。いっしーはなんか入ってみたい本とかあるの?」
 そう訊くと、いっしーはそうだなぁ、と腕を組んでなにやら真剣に考え始めた。
「う〜ん、何が良いかなぁ…………お、そうだ。エロ本の中ってのは――ごめんなさい冗談ですから、どうぞその固く握った拳をお納めください」
「まったく、もう――ってあれ?」
「………ん? どうかしたか、みやっち」
 わたしの攻撃に備えて堅く身構えていたいっしーが、突如攻撃を中断したわたしの様子を不審に思って尋ねる。
「ああ、うん。ほらアレ」
 わたしは少し遠くにあるバス停を指差した。
 そのバス停の脇に、頭にやけにリアルな造りをした魚の頭の被り物をしている人が立っている。
「やっぱりなんか催し物でも――」
「どこだよ。何か変なものでもあるのか?」
「――えっ?」
 催し物でもあるのかなと言おうとしたわたしの言葉を、いっしーの意外な言葉が遮った。
「どれってほらそのバス停のとこ! 変な魚の被り物してる人がいるじゃないの」
 わたしはおもむろにその魚頭の人を指差したが、いっしーはまるでおかしなものでも見るかのような表情でわたしを見ている。
「………おいおいみやっち、さっきからなに訳分かんないこと言ってんだ? そりゃバス停に人がいるのは見えるけどさ、別に魚の被り物なんかしてないぜ?」
「えぇっ? だって………」
 いっしーは何も被っていないと言うけれども、わたしにはやっぱりどう見てもその人が魚の頭を被っているようにしか見えない。
「あ――」
 近くに行って直接確かめようと思ったそのときだった。
 バス停にバスがやってきて、その人物がそのバスに乗りこんでしまった。慌ててバス停まで走るものの、時すでに遅くバスはその人物を乗せると、ドアを閉めてバス停から走り出してしまった。
「……おい、どうし、たんだよ、いきなり」
 呆然とバス停に立ってバスを見送るわたしに、慌てて後ろから追いかけてきたいっしーが息を切らしながら声をかけた。
 わたしはどんどん遠くになっていくバスを見ながら、いっしーに話しかける。
「………ねえ、いっしー。正直に言って。いっしーにはさっきの人はどういうふうに見えたの?」
「どういうふうって、普通の中年のおっさんで、別に頭がちょっと禿げてるくらいで他におかしいとこなんて無かったぞ?」
 …………確かにわたしには魚の頭が見えた。はっきり見えた。絶対見間違いなんかじゃない。でも、いっしーにはそんなの見えなかった。なんで?
 混乱して、少し半泣きになっているわたしを見て、いっしーは心配そうに声をかける。
「一体どうしたんだ、みやっち。なんかおまえ今朝からおかしいぞ」
「………………あ、あはは。なんでもないよ。やっぱりまたわたしの単なる見間違いだったみたい」
 あまりにも心配そうないっしーの顔を見て、わたしははっと我に返った。そして、これ以上彼に心配させるのもそんな顔を見るのも嫌だったので、とっさに笑ってごまかした。
「――本当にか? 本当になんでもないのか?」
「う、うん。本当だってば。もういっしー、心配しすぎだよ」
 いっしーのあまりにも真剣な顔つきに、わたしは気圧されて本当のことを言ってしまいそうになったけど、頑張ってこらえる。
「………そうか、全く人騒がせな奴だなぁ。見間違いかよ。視力でも落ちたんじゃないのか?」
 いっしーはまだ若干疑わしげな表情をしていたものの、いつものような軽口を叩き始める。
「そうかな。う〜ん、眼鏡はあんまりかけたくないんだけどなぁ」
 友達がよく眼鏡をかける辛さを愚痴ってくるので、わたしはあんまり眼鏡というものに良い印象はもてなかった。だが、いっしーはどうやら違うようだ。
「なんでだ? 眼鏡は素晴らしいぞ。眼鏡があるかないかだけでがらりとそのキャラの印象が変わったりするしな。そもそも眼鏡っ娘は――」
「いっしー、少し黙らないとお腹が拳型にへこむよ?」
「ゴメンナサイ」
(ふぅ……なんとかさっきの事は誤魔化せたみたいね)
 いつもの他愛無いやり取りをしながら、わたしは心の中でそっとため息をついた。


「………う〜ん」
 家に着いてからわたしは自分の部屋にこもると、さっきあったことについて真剣に考え始めた。
 あの魚頭の人について、いっしーがわたしに嘘をついているとは到底思うことが出来なかった。
「いっしーの目が悪い、なんてわけじゃないよね……」
 そういうことはいっしーからは聞いたことはないし、逆に視力はわたしよりも良かったような気がする。
 それに、今朝のも見間違いじゃなかったとすると、今朝見たものとさっき見たものは、ひょっとすると自分にしか見えていないんじゃないだろうか。
「まさか、ね」
 そんなおかしなことあるわけない。
 わたしは軽く首を振ってその考えをすぐに否定する。
「でも、もしかしたら、本当に…………」
 ひょっとするとこれが幻覚とかいうものなのかな。
 わたしはよく漫画とかドラマとかにある幻覚の症状を頭の中に思い浮かべる。
「う〜ん、なんかちょっと違う気がするなぁ………」
 幻覚にしてはやけにはっきり見えたし、別に駅のホームとバス停で見たもの以外に変なものは見てないし、視界がぼやけるなんてことも全然ない。
「あぁ〜〜、もう。全然、さっぱり分かんない!」
 わたしは叫びながらベッドに倒れ付す。
 ベッドの上をごろごろ寝転がりながら、わたしはこのまま思考を完全にストップさせて、何もかも楽になりたかった。けれどそれは、開放感と同時になんだか何かに負けたような、屈したような感じがした。
 結局負けず嫌いなわたしは、その後もずっと考え続けたあげくある一つの名案を思いついた。我ながらよく思いついたと思うほど素晴らしい解決策。
「……ふぁぁぁ〜」
 今日一日慣れないことをしたせいか、もうれつな睡魔がわたしを襲う。
 今思いついた案を早速明日実行に移すことを決意すると同時に、わたしの体はベッドの上に吸い込まれるようにして倒れていった。
 

 朝、枕元で『ピピピピピピッ!』とけたたましく鳴り響く目覚まし時計の音で目を覚ましたわたしは、慣れた手つきでそれを叩いて止める。
「ふぁああ………」
 起き上がったわたしの口から、思わず大きな欠伸が漏れる。
 緩慢な動作でベッドから這い出すと、わたしはいつものように学校の制服に着替えてから、階段を降りて一階の居間に向かう。
 居間につくとテーブルの上には家族三人分の朝食が並んでおり、自分よりも朝起きるのが早い両親がすでに席について朝食を食べ始めていた。
「おふぁよ〜〜」
 両親に欠伸交じりの声であいさつを交わすと、わたしは食卓の自分の席についた。
 朝食を食べながら、いつものように居間に置いてあるテレビを見ると、公開前の映画情報やたわいもない芸能ニュースなんかを放送している。
 何気なくご飯を食べながらテレビ画面を眺めていると、少しして番組の内容が、半年ほど前に起こったある事件についての特集に変わった。
「あ、これ懐かしいね」
 わたしはその番組の内容を見て、ついご飯を食べる手を止めてつぶやいた。
 それはちょうど今から半年前この辺りからあまり離れていない地域で起こった事件だ。その事件が起きたあとしばらくの間は、学校中の生徒がその話題でもちきりだった。
 そのときの騒ぎを思い出して、懐かしいなと思いながらわたしがテレビ画面を見続けていると、同じくわたしの隣でテレビを見ていたお父さんが「つまらんものやってるなぁ」と言ってすぐに別のチャンネルに変えてしまった。
「ほら千夏、早く飯食わんと学校遅刻するぞ……っと、もうこんな時間か。いかんな、俺が遅刻してしまう」
 お父さんは冗談交じりに軽く笑いながらそう言うと、食べ終えた後の食器を台所の流しに持って行った。
 お父さんが会社に向かった後、朝食を食べ終えたわたしも、食器を片付けてから仕度をすませ、学校に向かった。

 

4話に行く



 

トップページに戻る

書棚に戻る

掲示板へ行く

inserted by FC2 system