見えない宇宙人
−21話−
黒蒼昴
「……………」 高村さんと喫茶店の前で別れたあと、わたしは家までの道のりを一人歩きながら、さっきからずっと混乱したままの脳内を整理する。 さっきの高村さんの冷たい目つき。今まで高村さんのあんな怖い姿など、わたしは見たことがなかった。 もしかすると、あれが本来の高村さんの正体なのかもしれない。いつもの明るい表情を浮かべた高村さんの姿も、バカなわたしを騙すためのただの仮面だったのかも。 (……わたしを騙す? なんのために?) わたしはその理由を考える。けどそんなもの、あの手帳の内容を思い出せば考えてみる必要もなかった。 ――宇宙人。 たぶん、それが全ての原因だった。 あの手帳の中身から想像してみるに、たぶんわたしの見ていた幻覚は全部、本当は幻覚じゃなくて本物の宇宙人だったんだ。 普段は何らかの方法で姿をカモフラージュしているんだろうけど、わたしにはそれが通用しない。……たぶん、あのときコンクリートの道路で頭を打ったことが原因だろう。頭を打ったことでわたしの頭の中の回路が変になって、カモフラージュがわたしには効かなくなったんだ。きっとそうに違いない。 そして、わたしが見えていることに気づいて接触してきた高村さん。たぶん彼はそういう宇宙人に関する機関かなんかに属していて、監視を兼ねてわたしの反応などを見ていろいろデータを集めているんだ。それでしか、あの手帳について説明がつかない。 それに今こうして改めて考えなおしてみると、わたしは高村さんのことについて何も知らなかった。知っているのは高村さんが医者だということぐらいで、それすらも高村さんがそう言っただけで、なんの証拠もない。 ――誰かに言っても信じてもらえないほど嘘っぽく、でもいくら考えてもそれらは間違いなく真実で……わたしは徐々にどうしようもない状況へと追い込まれていく。 「う、ううぅ………」 不意に、じわりとわたしの目から涙があふれてきて、目の前の景色がにじむ。 わたしは慌てて両目からあふれる涙を手で拭うが、涙はやむことなくあふれ続ける。 今にもとてつもない不安に心をぐしゃりと押しつぶされそうで、わたしはぼろぼろと涙をこぼしながら家への帰路を歩き続けた。 「……留守、か?」 鍵のかかった診療所のドアをガタガタと動かしながら、俺はつぶやいた。 昨日の智姉の言動から、何か知っているのは間違いないと思い、こうして放課後尋ねてきたのだが運の悪いことに彼女は留守だった。 「くそっ、ついてねぇ」 ドアを拳で叩いて、俺はドアにもたれかかって夕焼けがかった空を仰ぐ。 「どうすっかなぁ………ん?」 これからどうするか考えていると、向こうの方から速度を緩めた車が近づいてきて、診療所の前で停止した。 「おや、いっしー君じゃないですか。なんでそんなところでたそがれているんですか?」 前に研究所を案内してくれた村井さんが車の運転席から降りてきて、不思議そうな顔で俺に話しかけてきた。 「別にたそがれてたわけじゃないですよ。村井さんこそ俺に何の用です?」 彼女も高村の仲間の可能性が十分にあるので少し警戒しながら俺が訊ねると、彼女は笑って答える。 「別にいっしー君には特別に用というものは無いのですけど、ただ偶然見かけた相手にあいさつしたらいけないと言うのなら、今後から気を使って見かけても無視してあげますよ?」 「いやそれはやめてほしいですね」 げんなりして俺がそう言うと、彼女は胸を張ってそうでしょうとも、と言った。 「さてちょっとそこをどいてもらえます? いっしー君ともっと楽しいお話をしたいのですけど、あいにくと今日はこれからこの診療所の方に少し用がありまして」 「智姉は今日はいないみたいですよ」 横を通ろうとする村井さんに俺がそう告げると、彼女はそうですか、と少し残念そうな顔をして言った。 「しかし智姉、とは彼女とは結構親しいのですか?」 「ああ、智姉は俺の従姉弟なんですよ」 俺がそう言うと何故か彼女は一瞬興味深そうな表情で俺を見つめた。が、すぐにもとの笑顔に戻ると、彼女は困ったような口調で言う。 「しかし困りましたね。ちょっと彼女に確認したいことがあったのですが」 「何を確認したいんですか?」 少し気になって訊ねると、彼女はにっこりと俺に微笑みかけ、胸ポケットからボールペンを取り出すと本当に、ごく自然な動作でそのペン先を俺の目前に突きつけた。 「……おわっ!」 なぜかぼんやりとペン先を見つめようとした俺は、そのとき智姉にされたことを思い出して反射的に目の前のペンをはじいていた。 カランッと地面の上に転がるペンを村井さんはしばらく見つめていたが、再びこちらに顔を向けると満足げな笑みを浮かべて言った。 「……なるほど、確認が取れました。ありがとうございます、いっしー君」 村井さんはそう言うと、停めてある車の元へと歩き始める。 「え? どういう――」 「ああそうそう……いっしー君、お礼代わりにいいことを教えてあげましょう」 運転席に座った彼女はドアの窓を開けてきょとんとした表情を浮かべる俺に言う。 「今すぐ千夏ちゃんのところに行って彼女を慰めてあげてください。きっととても傷ついているはずです。……本当に、ごめんなさい」 村井さんは最後に少し目を伏せてそう言うと、車を発進させた。 「ちょっ、待てよっ!」 慌てて声を出すが、すでに間に合わず彼女の車の姿はあっという間に遠くなっていった。 「いったい、どういうことだよ……」 村井さんが最後に言い残した言葉を考えながらも、俺はひとまずみやっちの家に急いで向かうことにした。 「やれやれ、確認に来て正解でしたね。まさか気づく人がいるなんて」 私は車を走らせながら一人つぶやく。 昨日、研究所のデータベースに外部から侵入された形跡を発見し、慌てて全てをチェックしてみると、高村の実験関連のデータが全て破壊されていた。それだけならまだ見過ごせたが、所員の経歴データで私の顔写真だけが狐の画像に変わっていたのを見つけ、彼女の事を放って置けなくなった。 「……どこまで勘付いているのか知りませんが、これは宣戦布告と受け取っていいのですかね、名刺の人」 先ほどまでの欝な気分が少しだけ和らぎながら私はそうつぶやいた。 「――やあ、すまないね。わざわざ迎えにきてもらって」 迎えに来てくれた村井君の車に僕は乗り込むと彼女にお礼を言う。 「いえいえ、たまたま近くに用事があったものですからついでですよ。でもどうしてもお礼がしたいというのでしたら、受け取ってあげますよ」 彼女は胸を張りながら威張った口調でそう言うと、車を発進させる。 「う〜ん、それにしても我ながらすごいねこの手帳。まるでテレビで見たことがあるような電波モノのオンパレードだよ」 移動する車の助手席で、僕は手帳のページをパラパラと飛ばし読みしながら感心したような口調で言う。 「でも千夏ちゃんはそれを素直に信じたんですね」 隣の運転席に座った村井くんが、研究所までの道を運転しながら僕に話しかける。 「うん。まあ千夏ちゃんも、普通の精神状態だったならこんなもの全く信じなかっただろうね。だけど、今の千夏ちゃんは千夏ちゃんが思っている以上に疲れきっていてとても精神が不安定な状態にある。それでいて、少し前から悪化し続けている症状のせいで僕に対する不信感が千夏ちゃんの心に芽生えつつあった。それだけの要素があれば、この中身を信じるには十分さ」 僕は手に持った手帳を指でトンと軽くつつくと、別のポケットから見た目が全く同じもう一冊の手帳を取り出した。 「――いや、本当にそっくりだ。日頃から使っている僕でもほとんど見分けがつかないよ」 僕は持っていたニセの手帳と、後から取り出した本物の手帳をそれぞれ手に持って見比べながらつぶやく。 そして、ニセの手帳を上着のポケットにしまうと僕は本物の方の手帳を開き、スケジュールの翌日の日にペンで丸い印を入れる。 「さてと、いよいよ実験も大詰め、最終段階だ。今度こそ、今度こそ玲奈、あのときの君に近づける」 僕は今でも鮮明に思い出せる五年前のあのときのことを思いながら、誰に言うでもなくそうつぶやいた。
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