見えない宇宙人

−24話−

黒蒼昴



「はぁ、はぁ……」
 俺は上がった息を整えながら、みやっちの家のインターホンを鳴らす。
 少しして暗い表情を浮かべたみやっちのおばさんが出てきた。
「あら、いっしー君。こんな時間にどうしたの?」
 なんだか元気の無いその声に俺は何かがあったことを感じ取り、内心不安になりながら恐る恐る訊ねる。
「みやっちはいますか……?」
「……千夏は……その――」
「千夏はいないよ」
 おばさんが返答に困っていると、奥からみやっちのおじさんが出てきてそう言った。
「少し前に警察と名乗る男たちが来て、千夏が事件に巻き込まれたから保護したいと言ってきたんだ。だが千夏を部屋に呼びに行ったら、千夏は部屋にいなかったよ」
 おじさんは俺の顔をまっすぐ見つめながら俺に何があったか事情を説明してくれる。
「千夏がいないのを知るなり、彼らはすぐに出て行った。気になって警察に電話してみると、誰も事件や彼らのことを知らないと言う。………なあいっしー君、千夏は、千夏の身にいったい何があったんだい?」
 おじさんは真剣な顔で訊ねる。
 俺はおじさんの目を見て、さっきの出来事だけでなく、ここ最近のみやっちの身に起きていた異変について訊いているのだと分かった。
 俺がみやっちの異変に気づいたのだ。俺以上にみやっちの事を見てきた家族であるおじさんがそれに気づかないはずはない。そして、それについて知りたいと思う気持ちも痛いほど理解できた。だが――。
「すいません、今は時間が無いんですっ。少しでも早くみやっちを助けにいかないと……だから――」
「分かった。いっしー君、千夏を頼む」
 俺の言葉を遮り、そう力強い口調で言うとおじさんは行って来いというように俺の肩を軽く押した。
 俺は黙って頷いてそれに答えると、おじさんたちに背を向けて道を走り出した。
 走りながら俺は、みやっちがいったいどこに逃げたのか思考を巡らせる。
 幻覚を見たくないみやっちが人の多い場所に行くとも思えない。この町で人があまりいなくて、高村達から身を隠すことの出来る場所………あの公園だっ!
 この町には小さい山を整備した大きな自然公園があった。面積が広大でいくらでも隠れる茂みがあるこの公園は、この町で追っ手から身を隠すにはまさに絶好の場所だった。それに――。
「探し物は夜の公園に……か」
 研究所に行ったときに村井が俺に言った言葉だ。
 俺にいろいろと変な助言をくれたり、おかしな行動をしていた女性……。彼女は高村の仲間ではないのだろうか?
「敵か味方か………? 悩んでる暇はねぇな」
 心の隅で引っかかりながらも、俺は急いで公園に向かった。



「……あと二時間ね」
 私は夜の暗闇の中、そうつぶやいた。
 高村の研究所の正門より少し離れたところに停めた車の中で、私はあるものが来るのを待っていた。
 彼女が行動を移すのは今夜、この実験の間であることは間違いない。どうしてもこの実験の性質上かなりの人員を割かなければならない。そして彼女は実験の成り行きと高村の監視のために彼の傍から離れることは出来ない。
 つまり今、この研究所には彼女側の人員は少ない――いわば手薄な状態だった。
 私はどうぞ攻めてくださいと言わんばかりのこの状況を逃すつもりは無かった。自分のこの素晴らしい知力と手広いコネのネットワークを駆使し、何とかかなり難色を示していた警察を動かすことに成功した。
 予定では、あと二時間ほどで警察側の準備が終わり、研究所に踏み込む。そういう手はずになっている。
「…………」
 だがそれに対して少しばかり疑問に思う点があった。
 警察との交渉はやはりというべきかかなり難航した。ただでさえ警察に圧力をかけられるほどの力を持っているところである。加えて突入できる令状も証拠も無い。正直、自分でもかなり強引だと思う手を使ってようやく五分五分なところであった。
 それが成功して、突入の一歩手前状態になっている今のこの状況に私はわずかばかりの不信感を抱いていた。
「……考えすぎかしら?」
 どうもこの自分の行動が読まれているような気がしてならなかった……。
「ん? あれは――」
 それは正直異様な光景だった。
 向こうの方からやってくる救急車、それも一台ではなく何台もが列を成して門の前に次々と停まる。
 すぐに門のゲートが動き、それが開くと同時に門の前で待機していたそれらは次々と敷地内に入っていく。
「……やられたわ」
 もしも突入より先に奴らが行動した場合に備えて、市内の主要道路に検問を張ってもらっていたのだが、緊急車両、ましてや救急車を止めてチェックすることなどできるわけがない。おまけに、これなら後ろに意識の無い人を乗せていようと何ら怪しまれることは無いだろう。
「――さて、どうする?」
 自分一人が単身突入したとしてもみすみす返り討ちにされるのが関の山。かといって警察が来るのを待っていればその間に全てが終わるだろう。
 迷っている時間は無い。こうしている間にも中の所員が――。
「――っ!」
 そのとき車の真横で地面を踏みしめる音が聞こえ、私は咄嗟に振り向く。
 そこにはここの守衛の制服を着た中年風の男性が、車の中の私を見下ろすように立っていた。
「困りますね。こんな所に車を停められちゃ。ここ駐車禁止ですよ」
 私は彼の姿をガラス越しにまっすぐ見据えながら口元に笑みを浮かべて答える。
「あらごめんなさい、気づかなかったわ。けどそれを言ったらあなたこそ銃刀法違反じゃないの?」
「おお、それもそうですね」
 手に持った銃をこちらに突きつけながら彼は困ったような笑みを浮かべる。
「……さしずめあなたも村井側の人間ってとこかしら?」
 私が訊ねると、彼はゆっくりと首を振って言う。
「その問いは二つの意味で無意味ですよ。まず一つ目、いくら時間を稼いだところであなたが呼んだ警察は決して来ません。そして二つ目、知ったところであなたは死ぬので無意味です」
 彼はそう淡々と告げると銃口を静かに私の胸に向けて引き金にかけた指に力を入れる。
「果たしてそうかしらね。少なくとも一つ目は無駄じゃなかったようだけど?」
 彼の肩越しに向こうの方に目をやってにやりと笑みを浮かべながら私がそう言うと、彼はぎょっとした表情を浮かべ、慌てて背後を振り返る。
 ――が、もちろん彼の後ろには誰もいない。
 私は彼が振り返ると同時に素早く車のキーに手を伸ばして車のエンジンをかける。
 静かな夜に車のエンジンのかかる音が響き渡る。
 そして、私が勢いよく車のアクセルを踏むよりもほんの少し先に、火薬が破裂するような音とガラスに硬いものが当たるような音が聞こえた気がした。



 公園に着いた俺は薄暗くて広い園内を走りながら、どこかに隠れているであろうみやっちに大声で呼びかける。
「みやっち、どこだーっ!」
 だがいくら呼びかけて耳をすませようとも、聞こえてくるのは木々が風に揺れる音ぐらいでみやっちの声は全然しなかった。
 俺は決してあきらめず何度も何度も叫ぶように大声を出しながら、園内の舗装されていない道、遊具が並んだ広場、ときには深い茂みの中まで踏み込んで、走りながらみやっちの姿を探し続ける。
「はぁ、はぁ……みやっちぃ、どこだっ………!」
 ずっと大声を出しながら走り続ける俺の体力はもう限界に近かった。しかし俺はふらふらの足取りになりながらも決して立ち止まることはせず、喉が痛くなってきても声を上げ続ける。
 正直に言えばとても辛い。だが幻覚のせいで今までみやっちが抱えてきた孤独や辛さ、俺に拒絶されたときの心の痛みを思えば、こんな辛さなど――辛いものかっ!
「――みやっちぃっ!」
 俺は気力を振り絞り、辺りに響くような大声でみやっちを呼ぶ。何があっても俺が守る意志をみやっちに伝えるように大声でみやっちの名前を呼んだ。

 

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