見えない宇宙人

−26話−

黒蒼昴



 タンッという火薬の破裂音のような音が辺りに響き渡った。
 その音に、逃げようとしていた俺たちの足は止まる。
「……っ!」
 俺たちの視界の中で高村の体が静かに村井の体に寄りかかって、そのまま足元に崩れ落ちる。それと共に、高村の体が覆いかぶさっていた村井の左手にある拳銃が姿を現した。
「――残念でしたね、高村さん。左手も注意するべきですよ」
 村井は地面に倒れ付した高村を見下ろしてため息をつくと、俺に向き直って銃口を突きつける。
「私もハッピーエンドが良かったんですけどね。残念ながらこの話はバッドエンドに終わります」
「……どういうことだ! なんで高村を……!」
 俺はみやっちを手で庇いつつ、村井を睨みつける。
「――お礼代わりに特別に教えてあげましょう」
「お礼……?」
 そう聞き返す俺に村井は微笑んで口を開く。
「……君たちは宇宙人の存在を信じますか?」
「宇宙人……?」
 怪訝な俺の表情に村井は苦笑いを浮かべる。
「少なくとも上の方達は信じていましてね、宇宙人関連の研究を盛んに行わせています。私たちの機関もそのうちの一つです」
 村井は変わらず銃口をまっすぐ俺に向けたまま語り続ける。
「宇宙人と出会ったとき、果たして人はどんな反応を示すか――それがこの実験の目的です。高村の仕事もこの実験も、本来はそうあるべきでした」
 村井の顔からはいつの間にか笑みは消えており、まるで何かの台本を読んでいるかのように淡々と言葉を紡いでいく。
 俺は彼女の話を聞きつつも、頭の中ではどうしたらこの場を乗り越えられるか必死に考えていた。
 大きな遊具などに身を隠せば村井の銃弾を凌ぎながら逃げることが出来るかもしれない。だがここは広場の端っこ、遊具までは距離がありすぎる。
 逆方向、村井に飛び掛って取り押さえるのはどうだろうか。駄目だ、村井に触れる前に撃たれるのが目に見えている。
(くそっ、どうすればいいっ? どうすれば……!)
 俺はいっこうに思い浮かばない打開策にいらだちを覚える。
 せめて、みやっちだけでも――。
 村井に気づかれぬよう、俺はそっと後ろのみやっちの様子を窺う。彼女は顔を地面にうつむかせており、よく表情が見えず何を思っているのかは分からなかった。
 俺は再び視線を村井に向ける。
 いったい彼女は何者なのか。なぜ高村を殺した?
 村井は俺の心中を知ってか知らずか、俺たちを冷ややかな目で見つめながら続ける。
「――困ったことに、高村は勝手に実験の内容をすり替え、挙句の果てには被験者を暴走させて騒ぎまで起こしました。……いっしー君、使えないばかりか飼い主の手を噛む犬はどうなるか分かりますか?」
 村井は口元をわずかに微笑ませて俺にそう訊ねる。
「……………」
 彼女が何を言おうとしているのか分かった俺は、答えず彼女を睨みつける。
「………どうなるって、いうの?」
 後ろから若干非難めいた口調でみやっちの声がする。
 それを聞いた村井はにんまりとこちらが不快になるような笑みを浮かべて言った。
「分かりませんかぁ? 使えない犬は、飼い主に処分されてしまうんですよ」
「………ひどい」
 くすくすと笑い声を上げる村井に、みやっちが悲しげにつぶやく。もちろん犬に対してではなく、暗に言われている高村の事にだ。
 だが俺は今の村井の言葉にみやっちとは別の思いを村井に抱いた。
 俺はまっすぐ村井を見据えると、口を開く。
「――お前も高村に似ているな」
 何を言い出すのかとみやっちが俺の顔を見つめる。
 俺はにやりと笑みを浮かべて村井に言う。
「みやっちみたいな単純な奴ならいけるかもしれないが俺には通じないぜ。なんていうか酔いすぎなんだよ、自分の演技にな」
 ほう、と村井が感心したような表情を浮かべる。
「……やっぱりばれちゃいましたか。やっぱりこういうのは苦手ですね」
 村井は少し照れるような表情で苦笑する。みやっちは後ろで「えっ、どういうこと?」ときょとんとした表情で俺に訊ねる。
「確かにさっきのには嘘が混じってます。でも私は高村さんみたいに優しくないので答え合わせはしてあげませんよ」
「ああ、分かった途端に撃ち殺される答えなんて知りたくもないな」
 村井は柔らかい笑みを浮かべる。けれど、相変わらず銃口はこちらを向いたまま微動だにしなかった。
 村井はわずかに悲しげな笑みを浮かべて口を開く。
「人を殺すのは嫌いです。特に何の罪も無いあなた達を殺すのは……。けれど、嫌だからやめますと言って私が代わりになるのも嫌です。……そこで、一つチャンスをあげましょう」
「チャンス……?」
 村井は頷き、顔から笑みを消して淡々と言った。
「今から五分後に私はあなた達を撃ち殺します。あなた達が逃げようとしたら撃ち殺します。あなた達が私に飛び掛って来たら撃ち殺します。……さあこの状況を乗り越えてみてください」
「そ、そんなの無理じゃないっ……!」
 みやっちが叫ぶように言う。だが村井は何も答えず、無表情のまま俺たちの挙動を眺めている。
(……くそっ!)
 口には出さないものの、俺もみやっちと同じ思いを抱いていた。
 村井のこちらを射抜くような目が先ほどの言葉が冗談ではないことを物語っている。五分過ぎれば彼女は躊躇無くあの銃で俺たちを撃つだろう。
(考えろ、俺。いったいどうすれば助かる? どうすればこの状況を切り抜けられる……?)
 俺は周囲をぐるりと見回す。
 ……広場の遊具は遠すぎて無理だ。少し走ればすぐに茂みの中に隠れることは出来るが、茂みに隠れたところで銃弾を防ぐことは出来ないし第一動けばすぐに居場所がばれる。
 俺は改めて村井に目を向ける。
 村井との距離は……そう遠くない。けれど俺が村井まで走り着くよりも村井が銃を撃つ方が早いだろう。
 もしかしたらあの銃は偽者のおもちゃ――なわけが無い。倒れ付した高村を見て俺はその甘い考えを捨てる。
(くそっ、駄目だ。何も思いつかない……!)
 こうしている間にも無情なことにどんどん時間は経っていく。
(……何分経った? あと何分残ってる?)
「――くそっ!」
 あとわずかしかない残り時間に焦る余り、俺は思わず悪態をつく。とそのとき、いつの間に移動したのか右横に立つみやっちが、村井に聞こえないぐらいの小さな声で話しかけてきた。
「ねえ、いっしー。私に一つ考えがあるの………」
 その小さな声は村井に聞かれないためだと理解した俺は、同じく小さな声で訊ねる。
「考え?」
 俺が訊ねるとみやっちは深刻な顔をしてこくりと小さく頷いた。
「私を………盾にして」
「な――っ!」
 何の冗談かと、思わず俺はみやっちの顔を凝視する。
 だが残念ながら彼女の思いつめたような顔がそれが冗談であることを否定する。
「普通に走っても村井さんに届く前に撃たれちゃう。けど私が盾に、いっしーが私の後ろを走ればいっしーは撃たれずに村井さんに手が届く」
「待て、待てっ! なんでみやっちが盾になるんだっ。それじゃみやっちが撃たれるじゃないか。そんな方法、駄目だっ。絶対認めないぞ!」
 俺が力いっぱい叫ぶと、みやっちは涙が浮かんだ瞳で睨みながら言った。
「じゃあ他にいい方法があるのっ? 無いでしょ? それにもう時間も無いの。……お願い、いっしー」
 確かに他にいい方法が思いつかない。だが、だがそれだけはその方法だけは決して取ってはいけない、認めるわけにはいかない………!
 それ以上聞きたくない俺は力いっぱいに首を振りながら言う。
「確かに無い! 無いがそれだけはさせたくない。くそっ、どうして、どうして思いつかない。なんで他に思いつかないんだよっ! ……そうだ、俺が盾になっ――」
「それは駄目。私よりもいっしーの方が腕力が強いし、それに………ごめん、私もいっしーを盾になんかしたくない。いっしーを犠牲にして生き残っても全然嬉しくなんか無いよ。でも私はいっしーには生きてて欲しい。あはっ、これってわがままだね」
 みやっちは困ったような笑みを浮かべると、一歩前に歩み出る。
「――最後までわがままでごめんね、いっしー。………ありがとう――」
 その言葉とともに、みやっちは村井に向かって全力で走り出す。
 続いて俺も慌てて走り出す。みやっちを盾にするためではない。みやっちを止めるため、なんとかみやっちを助けたくて必死に俺はみやっちを追いかける。
「みやっちぃっ!」
 届かないと分かっていながらも必死に目の前のみやっちに手を伸ばす。
 そのとき目に映った光景は本当は一瞬のはずなのに、なぜかとてもゆっくりに見えた。
 村井に向かって走るみやっち。
 必死にみやっちの背に向かって伸びる俺の手。
 みやっちに向けられる銃口。
 引き金を引いていく村井の指。
 ――そして、音もそのときはひどく鮮明に聞こえた。
 俺たちが地面を蹴る音。
 俺たちの息遣い。
 銃の引き金が引かれる金属音。
 車の走ってくる音。
「え――?」
(車の走ってくる、音?)
「――っ!」
 目の前で村井が素早く右の方に体を向けた。
 俺も、そしてみやっちも立ち止まって村井が向いた方向を見る。
 向こうの暗闇の中からライトのついていない車が一台、こちらに向かってすごい速さで走ってきていた。
 車はある程度こちらに近づいてきたところでライトを点ける。
 いきなりまぶしい光に照らされて俺たちが目を伏せる中、村井は何故か右ポケットに手を突っ込み、拳銃を取り出すと躊躇無く、向かってくる車の運転席辺りのフロントガラスに連続して数発撃ちこむ。
「な――っ?」
 村井の驚愕する悲鳴のすぐ後に、俺たちの鼻先を車がかすめ、村井の体を宙に弾き飛ばした。
 車は俺たちを少し通り過ぎた所でタイヤを滑らせながら停まる。そしてそれよりも向こうのほうに村井の体が地面に転がるのが見えた。
「――智姉っ!」
 開いた窓から顔を出す智姉に、俺は声を上げる。
「感謝するのは後! 早く乗りなさいっ!」
 智姉にせかされて、俺とみやっちは互いに頷くと急いで智姉の車のドアを開ける。
 俺たちが車に乗り込む中、智姉は運転席のドアを開けて降りようとしたが、車のドアに撃ち込まれる弾の音に、チッと舌打ちをする。
「さすがに彼まで許してはくれないか」
 智姉はそうつぶやくとドアを閉め、バックギアにしてアクセルを踏む。
 そして途中でハンドルを切り返すとまっすぐ茂みの中を突き進み、園内の舗装された道に出た。
 車の中でみやっちが思い出したかのように急に慌てた表情をして言う。
「そうだ、高村さん! 高村さんがまだあそこに……」
 彼女の言葉に俺も高村のことを思い出す。撃たれてから全く動く様子が無かったが、もしかしたらまだ助かるかもしれない。
「智姉っ」
 俺は運転する智姉に声をかける。だが、智姉は首を振って言った。
「無理よ。この車、時間が無かったから防弾仕様なのはガラスだけなの。タイヤを撃たれたら全員アウトよ」
「けど――」
 諦めきれない俺に智姉は冷たく言い放つ。
「さっき助けられなかった時点でもう手遅れなのよ。欲張っては駄目。自分達の命が助かっただけでも僥倖なんだから」
「……………」
 俺とみやっちは智姉に反論できず沈黙する。
 智姉もそれ以上は何も言わず、静かに車を走らせた。

 

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