見えない宇宙人

−27話−

黒蒼昴



「……げほっ、うぅ………」
 車が視界から消えて、私は咳き込みながらも何とか立ち上がる。
「ずいぶんとまあ、やってくれますね……」
 咄嗟に右腕を犠牲にして受身を取ったおかげで、何とか右腕一本とあばら骨数本ですんだ。
 私は地面に落ちた銃を左手で拾うと、いまだ地面に倒れ付したままの高村さんのもとまでゆっくりと足をひきずるように歩み寄る。
「いつまで寝てるつもりですか、高村さん?」
「……さあいつまでだろうね。あるいはずっとかもしれないなぁ」
 うつ伏せに倒れていた高村さんは体を横に転がして仰向けになると、私を見上げながら言った。
「おやおや、ずいぶんこっぴどくやられたようだね、村井君。普通に逃がしてあげればよかったのに、あんな下手な小芝居するからそんな目に合うんだよ」
「あの二人にもう二度とこちらに関わりたくないと思わせるにはあのぐらい脅すしか無かったんですよ……。というか高村さんがそれを言いますか。ずいぶんと迫真の演技でしたよ。本物の方で撃ってしまったかと思ったじゃないですか」
 私が非難めいた口調で言うと高村さんはあはははと愉快そうに笑って言った。
「いっしー君にはああ言われたけどまんざら僕の演技も捨てたものではないね。それに、別に間違えたっていいじゃないか。……どうせそっちで撃たれることに変わりはないのだからね」
 高村さんは私の左手にある本物の方を一瞥して言う。
「……なぜです? いくらでも逃げる機会はあったのにわざわざ私の演技に付き合って、今だってぼろぼろの私を押しのけて逃げることなど簡単なことなのに……」
 私の疑問に高村さんは、何だそんなことかと小さく鼻で笑って答える。
「僕の願いは、叶えるにはとても大変な茨の道だった。だが君の助力と千夏ちゃんといっしー君のおかげでようやくにしてその願いを叶えることが出来た。だから今度は、僕よりもさらに過酷な道の君のために、少しでも負担を少なくしてあげようと思ってね」
 高村さんはかっこつけるようにそう言うと、まぶたをゆっくりと閉じる。
「……やっぱり高村さんはどうしようもないくらい馬鹿ですね」
 私は手に持った銃をゆっくりと高村さんに向けて構える。
「……君こそ、やっぱりお人よしだよ」
 高村さんは目を閉じたままにやりと笑みを浮かべる。私も同じ笑みを浮かべて答え、引き金を引いた。



「おはよ、お父さん」
 わたしが居間に降りると、お父さんはテレビを見ながら朝食を食べていた。
「おう、おはよう。今日もいい天気でいい朝だな」
 お父さんは口をもごもご動かしながらしゃべる。
「うんさっきまではね……。食べながらしゃべるのやめてよ。ご飯の成れの果てが見えちゃったじゃない」
「なぬぅ? ご飯の成れの果てはう――いてっ」
 後ろからげんこつでお母さんに殴られてお父さんは頭を押さえて黙りこむ。
 こんないつもの日常の風景に、わたしはなんとなく嬉しいような、嫌になるような気分でわたしは席についた。
 いつものようにご飯を食べながらテレビのニュース番組を見る。
『――次に、先日起きた津田医療センターでの火災事件について新たな情報が入りましたのでお伝えします。火災の際逃げ遅れて死んだと思われる同施設の所員について、鑑識の結果、被害者達は逃げ遅れたのではなく薬物か何かで所内から逃げることの出来ない状態にされていた可能性が高いと警察は判断しました。これにより被害者の中で唯一身元が確認出来なかった、同施設の所長高村洋一を重要参考人として捜索を……』
 わたしはリモコンを手に取ると別のチャンネルに変える。
『今までの日常に戻りたいなら、今までの非日常は全て忘れて二度と関わろうとしないこと』
 ――あの夜、私たちはいっしーの従姉弟の智姉さんの診療所に連れて行かれ、彼女にそう言われた。
 それ以降、わたしたちの身には何も変わったことは起きていないし幻覚が見えるようになる前と何ら変わらない日々を過ごしている。
「いってきま〜す」
 わたしは家を出て、いっしーとの待ち合わせ場所である公園に向かう。
 宇宙人の見えない、いつもの道にいつもの光景。
 正直、今でもこれで良かったのだろうかと思うことがある。あの実験の事、高村さんの事、村井さんの事……。
 わたしは公園内を見渡していっしーがまだ来ていないことを確認する。
 ……あの一連の出来事について気になることや不安に思うことがたくさんある。けれどわたしはそれらについて調べようとは思わない。
「いっしー、遅い〜っ!」
向こうから歩いてくるいっしーの姿を確認したわたしは大きな声を上げる。
 ――なぜならあの非日常の日々よりも、今のこの日常がわたしにとってはるかに大事なものなのだから。
 わたしは、わたし達はいつものようにくだらない、けれど楽しいやり取りをしながら歩いていく。
 大事な日常の日々の中を、いつものように――。
 

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