見えない宇宙人
−4話−
黒蒼昴
わたしの家の近所にある、住宅地に囲まれるようにしてぽつりと存在している小さな公園。わたしはその公園の中に入ると、きょろきょろと公園の中を見回していっしーの姿を探した。 ……まあ、いっしーがわたしより早く待ち合わせ場所に来たことなんてあまりないけどね。 今日も公園の中にいっしーの姿が見えないことを確認したわたしは、いつものように公園内に設置されたブランコに座っていっしーが来るのを待つ。 いっしーが来るまで暇なので、わたしは公園のブランコに座りながら、昨夜思いついた案をもう一度頭の中で考え直していた。 昨夜たまたま思いついた、今わたしが陥っているこの困った状況の打開策。 しかし、思いついたときは自分でも結構いい案だと感心していたのだけども、今になってよくよく考え直してみると、どうも何か重大な欠点を見落としているような気がする。……何がかは自分でもよく分からないのだけれど。 (かといって、他にいい方法もないしなぁ……) 「う〜んやっぱり、それしかない………のかな」 「な〜にが、それしかないって?」 わたしがふと独り言を漏らすと、突然背後から声と共に誰かの手が私の視界をふさぐようにして目の前に覆いかぶさってきた。 「うわっ! も、もういっしー、おどかさないでよ!」 声でいっしーだと気づいたわたしは慌てて背後を振り返ると、いつの間にかこっそりわたしの背後に忍び寄ってきていた彼に文句を言う。 振り向きざまに放ったわたしの肘の一撃が見事にお腹に決まったいっしーは、その場でうずくまりながら、呻くようにして言った。 「――げ、げほっ。お、俺は何度でも言うぞ。……いい加減、人の腹をむやみやたらに殴るのはやめろ。あやうくさっき食った飯が無駄になるとこだった………」 「されるようなことをするいっしーが悪いんでしょ。ほらもう学校行かなきゃ、いっしー。あまりゆっくりしてると遅刻しちゃうよ」 わたしはブランコからひょいと軽やかに飛び降りると、鬼……と小さく呻くいっしーを置いて、学校に向かって歩き始める。 日頃からやられ慣れているせいか、いっしーは驚異的な回復力で復活すると、すぐに軽やかな足取りでわたしに追いついた。 「――ふぅ。置いていくなんてひどいな、みやっち。俺の繊細なガラスの心が、今にも粉々に砕け散ってしまいそうだぜ」 そう言って彼はふぅ〜っ、といかにも演技くさい重いため息をつく。わたしはそのいかにも大仰な彼の身振りに呆れながら答える。 「いっしーの場合ガラスはガラスでも防弾ガラスでしょ。それに、さっきみたいなことさえしなきゃ、いっしーもそういう目に合わずにすむんじゃないの?」 わたしが軽くいっしーを睨みながらそう言うと、いっしーは突然大げさに額に手を当ててポーズを決めながら叫んだ。 「おぅぅ! みやっちは俺から俺のたった一つのささやかな生きがいを奪おうというのか! ああ、なんという仕打ち………そんな所業たとえ神様が認めようと俺は断じて認めんぞっ!」 「………あぁ〜、もうっ! 世の中には他にもっとましな生きがいがたくさんあるでしょうが!」 わたしはいっしーの言葉に呆れながら思わず叫んだ。 だが彼は相変わらずのらりくらりとわたしの言葉の応酬を躱わし、わたしの訴えに全く耳を貸そうとしなかった。いっしーのわたしへのちょっかいは今後も止むことなく続きそうだ。………まあ、わたしも遠慮なく仕返しさせてもらうけど。 「………それにしてもこう毎回腹に喰らってたら体が持たないな。いっそのこと腹に鉄板でも巻いてこようかなぁ……」 いっしーはそう言うと、自分の腹をなでながら何やら真剣な表情で考え始めた。 彼が変な考え事をしている横で、わたしは先ほどの事を思い出していた。 ……さっきいっしーに聞かれた独り言について訊ねられたら、どう言い訳しようかと悩んでいたけれど、どうやら彼はそのことはすっかり忘れているようだった。 横にいる彼にばれないよう心の中でそっと胸をなでおろしたそのときだった。 「――あっ」 「やっぱり鍋の蓋辺りが――ってどうした?」 「え? あ――う、ううん、なんでもないよ」 わたしが慌てて首を振って、なんにもないことをアピールすると、「そうかぁ?」といっしーは少し怪訝な顔をした後、再び考え事を始める。 (危なかったぁ………) わたしは隣を歩くいっしーにばれないように気をつけながら、先ほどいきなりわたしの視界に飛び込んできたソレの姿を凝視する。 しいていうならソレはくちばしの無い鳥の頭をした人間の姿をしていた。 ソレは別段何か怪しげな素振りを見せることも無く、わたし達の前方から歩いてきて、そのまま何をすることもなくわたし達の横を通ってすれ違う。 ソレすれ違って、しばらくしてからわたしは心の内でほぅっ、と深いため息をついた。 『今日の放課後に行動を起こすまで、宇宙人の姿が見えても出来るだけ無視する』 昨夜思いついた計画の一部だ。昨日自分の身に降りかかった出来事をよくよく思い返して見ると、どうやら宇宙人の姿は私にしか見えないようだった。だったら、いくらわたしが今目の前にいる宇宙人の姿を詳しく説明したり指を刺したりしたところで、その姿が見えない他の人たちはわたしの言うことを理解しないばかりか、逆にわたしが変な子だと思って、不審がるに違いない。 見ず知らずの他人だったらともかく、いっしーやわたしの家族や友達にまでもそういう目で見られるのは、とても嫌だった。 (さっきは危なかったなぁ) わたしは心の中でまたため息をつく。 ほっと気を緩めた直後だったため、思わず声が出てしまった。おかげでいっしーには少し怪しまれたし………。 (う〜ん、次からは気をつけないとなぁ) 「う〜む、するとやっぱり鍋の蓋以外にないか?」 さっきからいっしーがあまりにも真剣な様子で考え続けているので、わたしはため息をついて言った。 「………もういい加減あきらめたら? もし学校で鉄板をお腹に巻いてるのがばれたらどう言い訳するのよ」 「おお、そうか。その問題があったよな。う〜ん、じゃあ代わりに教科書でも巻こうか?」 「なんで、そうなるのよ。ああ、もう分かったわよ。いっしーのお腹もう殴らないから。それでいいでしょ」 わたしが呆れた口調でそう言うと、いっしーは「そうか、それならいいんだ」と何故か急ににやりと笑みを浮かべ、やけにあっさりと引き下がった。 そのあっさり具合が気になって、いっしーにしつこく問いただしてみると、どうやら今のセリフをわたしに言わせるためだけにさっきまでお腹に鉄板を巻くなんていう馬鹿な考え事をしてる演技をしていたようだ。まんまといっしーに騙されたのと、こんな呆れるような下手な策略にまんまと自分が引っかかってしまったことに対して腹の底から怒りがこみ上げてきた。 ……今度いっしーがちょっかいをかけてきたら、絶対遠慮なくお腹を殴ってやるんだから。わたしはそう堅く心の中で誓った。 その後、学校に着くまでの道で二回宇宙人の姿を見たけれども、今度はなんとか平穏にやり過ごすことが出来て、学校についてからわたしはようやく、ほっと一息つくことができた。 「ふぅ〜、やっと今日も終わったなぁ。今日はなんか疲れたし、とっとと帰ろうぜ」 今日の授業が終わると、いつものように帰り支度を済ませたいっしーが鞄を持ってわたしの席にやってきた。 わたしは両手を軽く合わせて彼に謝る。 「――ごめんいっしー。わたし、今日はちょっと用事があるんだ」 「ん、用事? 用事ってなんの?」 きょとんとした顔をして尋ねる彼に、わたしは事前に用意していた“理由”を言う。 「は、歯医者に行くのよ。最近なんだか奥歯がじんじんして痛いからちょっと診てもらおうと思って」 本当は歯なんか全然痛くないのだけれど、本当のことを言っても馬鹿にされるだけだと思い、わたしは彼に嘘をついた。 「そうか、大変だな。虫歯って結構きついからな」 素直にわたしの嘘を信じたいっしーはわたしに同情しながら言う。 「じゃあ途中まで一緒に帰るか――ああ、歯医者は家とは反対側だっけ。じゃあ、俺は先に帰るよ」 校門のところまで一緒に歩いた後、門の前でわたしはいっしーと別れる。 一旦は歯医者に向かうふりをして道を歩くが、振り向いていっしーの姿が見えなくなったのを確認するやいなや、すぐに学校の方へと引き返した。 そしてわたしは万が一いっしーに出会ってしまうのを避けるため、三十分ほど学校の図書室で暇をつぶしてから目的の場所へと向かった。
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