見えない宇宙人

−7話−

黒蒼昴



 高村さんと会った日から二日後の日曜日、わたしは彼から幻覚についての説明を受けた、あの駅前の喫茶店に向かった。
 喫茶店に着くと、待ち合わせの時間までまだ二十分あるのに、高村さんがすでに席についてコーヒーを飲んで待っていた。
「おや、なかなか早いね、千夏ちゃん」
 彼は店に入ってきたわたしの姿を見つけると、片手を軽く振りながら言う。
「そういう高村さんこそ、時間までまだ結構あるのに、ずいぶん早いんですね」
 わたしは彼の向かいの席に座るとそう言った。
「まあね。人を待たせるのは嫌なんだよ。特に君みたいなかわいい子との待ち合わせだったら、なおさらさ」
「……わたしがかわいいとかどうかはともかく、その言葉そっくりそのままいっしー、――あ、わたしの友達なんですけど――に聞かせてやりたいですね。まあ、たぶん聞かせても無駄な気がするけど」
 わたしが軽い口調で言うと、彼は笑って答えた。
「ははは、そんなことはないよ。君みたいなかわいい子の頼みだったら、僕なら絶対聞くけどなぁ。ああ、そうそう前会ったときに言おうと思ったんだけど、僕に敬語は使わないでくれるかい?」
「え? まあ、別にいいですけど、でもなんでですか?」
 わたしが訊ねると、彼は少し困った表情をしながら答える。
「だから敬語は使わなくていいって………いやさ、何か苦手なんだよね、そういう丁寧口調で話されるのって。なんか背筋がこそばゆくなるっていうかさ。だから僕には普通のタメ口でいいよ」
「………う〜ん、そういうものなの?」
 わたしは敬語で話しかけられたことなんかないから、そういう人の心境というのがあまりよく分からなかった。
「そういうもんなんだよ。ああ、そうそう。そういえば先日うっかりしてて聞くのを忘れてたんだけど、千夏ちゃんはいったいなんの幻覚を見るの?」
 そういえばうっかりしてた。幻覚の相談をするのに何の幻覚を見るのか説明するのを忘れるなんて。
「宇宙人。なんか、魚の形とか鳥とかに似た人をよく見るの。見るのはたいてい街中で、家とか学校じゃ見たことないけど」
「………なるほど宇宙人、ね。じゃあさっそく行こうか」
 高村さんは手帳に何かをメモした後、そう言って席を立ち上がった。
「え? 行くって、どこへ?」
 わたしも慌てて立ち上がると、急いで彼を追いかけて店の外に出る。
 彼は店の外に出ると、どこに行くのか訊ねるわたしに説明する。
「その幻覚は街中に現れるんだろう? じゃあまずは街中を歩いて、その幻覚を探さないと。その幻覚をどうして見るのか、どこで見るのか、どの状況で見るのか。これらが分からないと、全く持って対処のしようがないからね」
 なるほど、とわたしは心の中で納得する。確かに何も情報が無いんじゃ、手の打ちようがない。
 こうして、わたしたちは街中を歩いて宇宙人探しをすることになった。といっても当然探すのは幻覚が見えるわたし一人だけで、幻覚が見えない高村さんは周りをきょろきょろ見回しながら歩くわたしの後をただ一緒についてまわるだけだ。
 ちなみに、なんでわたしが見る幻覚なのにこうして街中を探し回らなければいけないかというと、高村さんの説明曰く「街中でしか現れない幻覚なら、他の場所では絶対に現れないし、無理に引き出そうとすれば体に負担が掛かる。だからこうして街中を歩き回って、自然に幻覚が現れるのを待つしかない」らしい。
 探し始めてから一時間後、わたしたち――いやわたしはさっそく宇宙人の幻覚を発見した。
 発見したのは人通りの少ない住宅街の道で、その宇宙人は赤い円柱のような体系をしていて顔はつるつるで無かった。
 わたしが、宇宙人の幻覚が現れたことを高村さんに告げると、彼は「どこどこ?」とわたしに訊ねてきた。わたしがそこ、とその宇宙人を指差して位置を教えると、彼は興味深げな顔をして言った。
「――なるほど、確かに君が言うその宇宙人の姿は僕には見えないね。……ふむ、ちょっとその宇宙人に触ってみてくれる? ああ、嫌なら別に無理強いはしないけど」
「ううん、別に大丈夫だから」
 わたしはそう答えると、恐る恐るゆっくりと手を伸ばして宇宙人の体に触れる。今回はなぜか前回みたいに怖い気持ちは不思議とあまりしなかった。触ってみると宇宙人の体は、まるで鉄のように固い感触をしていて、ひんやりと冷たかった。
 わたしは宇宙人の幻覚から手を離して、高村さんにそのことを伝えると、彼はそのことを手帳にメモした。そしてほう、と興味深そうに頷いたあと「じゃあ、次行ってみようか」と言うとすたすたと先に歩き始めた。
「あ、あの。アレは、ほっといていいんですかっ?」
 わたしが慌てて後を追いかけながら訊ねると、彼は「大丈夫、大丈夫」と軽く答えた。
「ソレは君の幻覚なんだから。放っておいても害はないよ。千夏ちゃん以外の人から見ればソレは存在すらしてないんだから」
「………そうでしたね」
 あまりに幻覚がリアルなので、それが本当に存在しているものだとついつい錯覚してしまった。
(みんなじゃなくてわたしがおかしいんだもんね………)
 わたしが少ししょんぼりしていると、高村さんがわたしを慰めるように口を開いて言った。
「まあ、気持ちは分かるよ。僕だって実際そんなものが見えたら不安になってしょうがないしね」
 そういうものなのかもしれない。
 実際ああいうものが見えたら、誰だって気になるだろうし、他の人にもその存在を分かってもらいたくなるものなのかもしれない。実際今のわたしがそうなんだし。
 わたしはそこでふと疑問に思って高村さんに訊ねる。
「あの、高村さんは、わたしのような症状の人を他にも見たことがあるんですか?」
「ん〜? 別にないけど、どうして?」
 彼はわたしの前を歩きながら、振り向かずに聞き返す。
「いや、なんだか行動とか言葉とかが慣れてるな〜って、そんな感じがして………」
 そう、なんだか彼は会ったときから妙に冷静で、幻覚の説明とか対処とかがなんだか手馴れているような感じがした。
 わたしがそう言うと彼は、ハハハハハと笑いながらわたしのほうを振り向くと言った。
「まあ、確かに慣れてるといえば慣れてるかもね。仕事柄いろんな人の相手を数え切れないほどたくさんしてるからね。君よりももっと大変な人を相手にしたこともあるよ? まあ、確かにあんまり慣れてるように振舞うと、人に不審がられるかもしれないなぁ。前にも疑心暗鬼っぽい人の治療をしたことがあるんだけどね、そのときもさっきの君みたいな事を言われて、思いっきり疑われたことがあったんだよ。いやぁ、あのときはほんと大変だったなぁ」
 高村さんはそのときの事を思い出したのか、若干顔に苦笑いを浮かべながら語った。
「うわ、けっこう大変なんですね、医者の仕事って」
「ああ、そうなんだよ。そうだなぁ………話したら本一冊くらいにはなるかもしれないね」
 その後もわたしたちはたわいない世間話を続けながら、宇宙人の姿を探して街中を練り歩き、その後二回ほど見つけ、一回目のときと同じことを繰り返した。


「今日はもうこのくらいにしとこうか」
 夕方になり、少し暗くなってきたので今日のところはこれで終わりということになった。
 わたしは、わたしの治療のために彼にとってのせっかくの休日をつぶしてしまったことをすまなく思って一言謝ったけども、彼は「いいよ、どうせ暇だから」と笑ってすましてくれた。
 わたしは今日のお礼を言うと、彼と別れて家に帰った。



 僕は千夏ちゃんの姿が見えなくなるまで見送った後、駅までの道を歩く。
「おっと――」
 歩いている途中でズボンのポケットの携帯電話が鳴り、僕は一旦歩みを止めてからそれに出る。
「はい、もしもし。――やあ、君か。………うん。思ったとおり当たりだったよ。――ああ、実に半年振りだね。――ん? ああ、別に今のところは監視する必要はないと思うよ? 彼女、少し行動力はありすぎるけど、きちんと首輪につないどいたらたぶん大丈夫だと思うし。それに万が一、それがばれたら少しばかり面倒なことになるし。半年前の子も、せっかくいいところまで進んでたのにそれがばれて暴走しちゃったんじゃないか。――うん? まあ、そうなんだけどさ。それだけだとなんかもったいないでしょ。――うん詳しいことはまた戻ってから話すよ。それじゃ」
(やれやれ、これだから頭が固いやつは)
 電話を切り終えると、僕は軽くため息をつく。
 再び歩き始めた僕は、彼らが千夏ちゃんに勝手なことをしないよう、彼女の今後の扱い方をきちんと教えておくために、自分の職場へと向かった。

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