見えない宇宙人

−8話−

黒蒼昴



「……さっきから何をきょろきょろしてるんだ、みやっち?」
 学校からの帰り道、隣を歩くいっしーにそう呼びかけられ、わたしははっと我に帰った。
「――え? あ。ううん、別になんでもないよっ」
 わたしはとっさになんでもない風に装おうとするが、それが返って怪しく映ったのか、彼はその場で立ち止まると真剣な顔でわたしに訊ねる。
「いいや、何でも無くない。お前なんか最近おかしいぞ? 歩いてるときはさっきみたいにやたらとどこかきょろきょろ見てるし、たまにぼ〜っとしてはため息ついてるし……なんか困ってることがあるんだったら遠慮なく俺に言ってくれよ。なんだって相談に乗るから」
 いっしーはそう心配そうな顔をして、わたしの顔を見つめた。
「や、やだなぁ。別に困ってることなんてなんにもないよ。ほら、早く帰ろう?」
 わたしはこのなんだか重たい雰囲気をなんとか誤魔化そうとわざと明るい口調で言い、いっしーの袖を掴んで歩き出そうとする。が、彼は袖を引っ張られてもその場から動こうとせず、ゆっくりと確認するかのような口調で言った。
「……本当に、何でも無いのか?」
「………………ぅ、うん」
 わたしはいっそいっしーに幻覚のことを打ち明けようかと迷ったが、心配するいっしーに隠し事をする後ろめたさよりも、本当のことを言っても信じてもらえずに彼に変な目で見られたらどうしようという不安がわずかに勝り、少しの沈黙の後わたしは小さな声でそう頷いた。
 するといっしーは先ほどとは打って変わって急に明るい表情をして、軽い口調で言った。
「な〜んだ、ただの俺の勘違いか」
「え? う、うん………」
 急に彼の態度が変わったことにわたしは動揺しつつも、かろうじてそう頷く。
「やれやれ、心配して損したぜ。というわけで、心配させて損した俺にみやっちは責任持ってアイス一個奢ること」
「え? ちょっと、なによそれ〜!」
 急にわけがわからないことを言い出し、歩き始めた彼をわたしは慌てて追いかける。
「なに、アイスの種類? そうだなぁ、ハーゲ・テルゼのやつがいいな」
「そんなこと聞いてないっ。それにそのアイスって結構高いやつじゃないの」
 いっしーの隣に並んで歩きながらわたしが文句を言うと、いっしーは意外そうな表情を浮かべた。
「おいおい、みやっち。おごってもらうときは安いものより高いものを。これ、世間の常識だぞ?」
「それ、常識じゃなくてただのケチって言うの。っていうかなんでわたしがおごることになってるのよ!」
「――おっと、もうここか。じゃあな、みやっち。ちなみにアイスは抹茶味でよろしく!」
 いつの間にかわたしたちがいつも別れる交差点に着いていたらしく、いっしーはそう口早に告げるとまるで逃げるように早い足取りで自分の家への道を駆けていった。
「あっ。こら、待ちなさいっ!」
 慌てて追いかけるものの、いっしーの逃げ足が思ったよりも速いのと、徐々に彼を追いかけるのがなんだか面倒くさくなってきたのとで、わたしは途中で彼を捕まえるのをあきらめて道を引き返した。
「全くもう! 何が、心配して損したからアイスおごれ、よ。……うぅ。それは、まぁ確かに心配させるようなことはしてたかもしれないけど。でも………」
 わたしは道を歩きながらぶつぶつと愚痴を言い続ける。
 あれから一週間。街中で宇宙人が見えるという幻覚を治すために毎日高村さんに治療してもらっているのだけども、なぜか少しもこの幻覚が治る気配は無かった。というよりも、初めの頃と比べて幻覚が見える率が高くなってるような気がする。
 最近は、つい無意識のうちに幻覚を探して必要以上に周りをきょろきょろと見回したり、本当にこの幻覚が治るのかなぁと考えては鬱になったりしていた。
「それでもいっしーにばれないように、ちゃんと気をつけてたつもりだったんだけどなぁ」
 わたしは歩きながらはぁ〜っと深いため息をついて、落ち込む。
「………本当に治るのかな」
(今日、高村さんと会うときに思い切って相談してみよう)
 わたしは不安な思いを胸に抱きながら家への道を歩いていった。


 わたしは家に帰るなり部屋に荷物を置いて制服から私服に着替え、学校のよりも一回り小さい鞄を肩にかける。
 家に帰ってきて早々に外に出掛ける準備をするわたしを見て、お母さんが声をかけた。
「あら、また図書館?」
「うん」
 わたしは玄関で靴を履きながら背中越しに答える
 幻覚が見えるからしょっちゅう出掛けては治療してもらってるの、なんて当然言えるわけがなく、わたしは表向きには友達と図書館で勉強しているということにしていた。
「そう。……いくら今年から受験生だからって今からそんなにがんばらなくても。あんまり無理するとすぐにばてるわよ?」
 少し心配そうな表情をするお母さんをよそにわたしは「大丈夫、大丈夫」と明るく答えると、家を出た。


 高村さんと待ち合わせしているいつもの喫茶店に入ると、今日も彼はわたしよりも先に店にいて、いつもの席に座りのんびりとコーヒーをすすっていた。
「やあ、千夏ちゃん」
 高村さんはわたしの姿を見つけると、片手を挙げて笑顔であいさつする。
 わたしがあいさつを返して、席に座ると彼は早速口を開いて話を始める。
「さて今日の治療なんだけど、今日もいつものように街中に現れる幻覚を千夏ちゃんが触って、僕がその幻覚に触れないことを千夏ちゃんの目の前で実演。で、目の前のそれが幻覚であることを千夏ちゃんの脳に認識させる、というのをするよ」
 高村さんは毎回治療をする前に、わたしにこれから行う治療についてきっちりと説明をする。といっても、少しの違いはあるだけで毎回ほぼ同じ内容なので、いつもならわたしはその説明を聞き流し、すぐに店を出て町に幻覚を探しに出る。けれど、今日は違った。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「おや、なんだい?」
 わたしがおずおずと口を開くと、高村さんは笑顔で軽く応じる。
「その、高村さんを疑うわけじゃないんだけど、わたしの幻覚って本当に治っていってるのかな……?」
「――と、いうと?」
 わたしの言葉を聞いて彼の顔から少し笑みが消え、彼の目がまっすぐわたしを見つめる。
「なんか幻覚が最近増えてきてるような感じがして……。初めのほうは一日に多くても二、三回くらいしか見なかったのに、今はもう道を歩いてたら宇宙人だらけだし。……おまけに今日は最近わたしの調子がおかしいって、いっしーに怪しまれるし………はぁ」
 さっきの出来事を思い出し、わたしは軽く落ち込む。
 そんなわたしの様子を見ながら「なるほどね」と高村さんはつぶやくと、わたしに言う。
「つまりは、ちゃんと治療をしているはずなのに、幻覚が治るどころか悪化しているんじゃないかと千夏ちゃんは不安に思っているわけだね? ん〜、だったら結論から言わせてもらうけどね。別に問題ないよ。ちゃんと治療は効いてるよ」
「え、問題ないのっ?」
 てっきり「それは大変だ」と真剣に汲み取って、別の何か良い方法を探ってくれるものだと思っていたわたしは、思わず驚きの声を上げる。
 高村さんはそんなわたしとは対照的に、落ち着いた表情をしながら話を続ける。
「うん。ほら、風邪とかと一緒。風邪って治り始める直前くらいが一番しんどいでしょ。それと同じで今千夏ちゃんの脳は、見えている幻覚が本当に実際の物なのか、それとも本当は幻覚なのかって混乱し始めてるんだよ。もうちょっとの辛抱さ。脳が幻覚だと認識したら、幻覚はたちまち全部消えちゃうから」
 高村さんはにっこりと笑みを浮かべてわたしを安心させるように、優しい口調で励ましてくれた。
「……うん、そうだよね。ごめんなさい。せっかく治療してくれてるのに、高村さんにこんなこと言っちゃって……」
 わたしが頭を下げて謝ると、彼は「いいよいいよ」と笑って許してくれた。
「――さてと、結構時間経っちゃったけど、そろそろ町に出て探索という名のデートに行こうか」
「……一緒に交番にデートしに行く?」
 わたしがにっこり微笑んでそう言うと、同じく彼はにっこりと微笑みながらそれを断った。

 

9話に行く



 

トップページに戻る

書棚に戻る

掲示板へ行く

inserted by FC2 system