見えない宇宙人
−9話−
黒蒼昴
はっきり言って他の人から見たら、わたしたちの行動はかなり奇妙に見えるものだろう。 わたしは灰色の顔をした宇宙人を触りながら思った。 道端で電柱をぺたぺた触る女子中学生と、その横で何かを手帳にメモしている男。……う〜ん、怪しすぎる。少なくとも自分なら、正直言ってあまり近寄りたくはならない。 そのため、わたしたちは住宅街の裏路地などあまり人気の無い場所を中心に探索をしていた。それでも幻覚がいる場所に他の人が一緒にいるときも結構あり、そういうときは、それとなく幻覚に近づいてその人にばれないようこっそり確認したり、その人がいなくなるのを待ったりなんかしてやり過ごしている。 今日もいつもどおり目の前にいる幻覚の姿を高村さんに報告していたが、わたしはふと気になって手帳に幻覚の様子を書き込んでいる彼に言った。 「ねえ、ちょっとその手帳見せて?」 彼は、わたしが幻覚の姿を報告するとき、それを手帳に書いているが、幻覚を探しているときにも何か書き込んでいるのを度々見ることがあった。そのときに彼が一体何をその手帳に書きこんでいるのかわたしは少し前から非常に気になっていた。 「え? わっ、ちょっ、駄目駄目っ!」 わたしが覗き込もうとすると、彼はまるで人に日記を見られるかのように、慌てて手帳を閉じ、わたしに取られないよう体を盾にしてかばった。 「え〜、なんで?」 わたしがしかめ面を浮かべながら文句を言うと、彼は困ったような表情を浮かべて答える。 「この中には、千夏ちゃんのだけじゃなく、他の人の治療内容とかも書いてあるからね。それを見せるわけにはいかないんだよ。あ〜、でも千夏ちゃんが僕にキスしてくれるとかいうのなら考えなくも無いね?」 そう、高村さんはわたしが絶対断ると分かっている条件を突き出して、悪戯っぽく笑みを浮かべた。 「ううぅぅ、ケチ」 「ふふふ、僕に大抵の悪口は通用しないよ。何しろそういう悪口は悲しいことに患者に結構言われ慣れてたりするからね」 そう言って彼は得意げに胸を張る。 「……う〜ん、それって自慢するようなことなの? ……じゃあ、馬鹿」 少しこの人いっしーに似てるかも、と思いながらさらにいろいろ悪口を言い続ける。 「はっはっは、それも通用しないなぁ」 「ハゲ」 「――っ! つ、通じない。全然通じないなぁ。ハハハ……」 高村さんは、見たところ頭は全然はげていないのに何故かその言葉にかなりのショックを受けたようだ。 わたしがチャンスとばかりに「ハゲ」という言葉を連呼しようと口を開いたとき、不意に背後からわたしがよく知っている声が聞こえた。 「――みやっち、お前何してんの?」 「えっ? ……い、いっしーっ! 何でここにっ?」 わたしが慌てて背後を振り向くと、不思議そうな顔を浮かべたいっしーがそこに立っていた。 「いや、なんでって、本屋に行く途中なんだけど。ちょうどこの道、本屋までの近道なんだよ。そう言うお前こそ、こんなところでそのおっさんと何してんの?」 「えっと、そのぉ………」 どう言い訳したものかとわたしが言葉に詰まっていると、高村さんがわたしの前に出てきて代わりに答える。 「もしかして、君がいっしー君かい?」 「え、ええ。そうですけど……?」 いっしーはいきなりにこやかな笑みを浮かべて自分に話しかけてきた高村さんに戸惑いながら答える。 「君のことは千夏ちゃんからよく聞いてるよ。なかなかおもしろい友達らしいじゃないか。千夏ちゃんに君の事を聞いてから、一度会って話してみたいなぁって思ってたんだよ」 「――えっと、この人誰?」 親しげに話しかけてくる高村さんに戸惑いながら、いっしーは助けを求めるかのような視線をわたしに向ける。 「えっと〜、その人は――」 どう説明していいか分からないながらも、とりあえず何か言わなきゃと思いわたしが口を開くと、高村さんがそれをさえぎって言う。 「ああ、これはすまないね。自己紹介を忘れてたよ。僕の名前は高村。千夏ちゃんの叔父さ。今度仕事の都合でここに引っ越してくることになってね、千夏ちゃんにこの辺りをいろいろ案内してもらってたんだよ」 高村さんはいつもと同じ笑みを浮かべながら平然と次々に嘘を並べたてていく。 (……うわぁ) わたしは当然本当のことを知っているから、高村さんが今言っていることが嘘だと分かる。けれども、もしわたしが今のいっしーの立場だったらきっと、ころっと簡単に騙されてしまうんだろうな。 (詐欺師って今の高村さんみたいな感じで嘘をつくのかな) だったら、わたし詐欺に引っかかるかもなぁ。と思いながら彼らのやりとりをぼんやり眺めていると、どうやらいっしーは高村さんの話を信じたらしく、笑いながら言った。 「へ〜、そうなんですか。だったら、俺もみやっちと一緒にこの辺の案内手伝いますよ」 「ちょっ――」「そうかい? それはありがたいね」 いっしーがわたしたちについてくると聞き、わたしは慌てて止めようとする。 だって、高村さんの嘘がいつばれるかもしれないし、第一いっしーの目の前で治療なんかしてたらわたしの幻覚が彼にばれるかもしれない。 だけども、そんなわたしの心配をよそに高村さんはあっさりといっしーに案内を頼んでしまった。 「――ちょっと、どういうつもりなの?」 道案内のために先頭を歩いているいっしーに聞こえないよう、わたしは小さい声で高村さんに尋ねる。彼も同じく小声で答える。 「ごめん、ごめん。あそこで断ると少し不自然だし、彼に怪しまれる可能性があったからね。それに――」 「それに?」 わたしが訊ねると、高村さんはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「一度、千夏ちゃんの意中の彼というのがどういう人間か見てみたかったからね」 「なっ! だ、だれがっ――」 わたしは思わず大声で叫びかけ、前を行くいっしーが「どうした?」とわたしたちに尋ねる。 「おや、違うのかい? 彼の話題のときは千夏ちゃんの顔が心なしか生き生きしてるからね。てっきり僕はそうじゃないかなぁって思ってたんだけど?」 「おいおい、いったい何の話だ?」 「いっしーには関係ない! 高村さんも、その話はもう禁止っ!」 いっしーに話を説明しようとする高村さんの言葉を大きな声で遮ると、わたしは彼といっしーを一緒にさせないために「おっ、おい、一体なんなんだよ」と困惑するいっしーの腕を引っ張ってずんずんと先を歩く。 高村さんの「若いって甘酸っぱいね」という呟きが後ろから聞こえたような気がしたがわたしは無視した。 その後高村さんの意地の悪いちょっかいを幾度となく切り抜け、町の主要なところを案内し終わった頃には、辺りはほんのりと暗くなりはじめていた。 「――今日は結構楽しかったよ。いっしー君、君とはまた今度機会が会ったらいろいろお話してみたいね」 駅前で見送るわたしたちに、高村さんはそう楽しそうな表情を浮かべながら言う。 「絶対、駄目」 わたしはいっしーを背にかばい、低い声で拒絶する。 高村さんといっしーを一緒にさせたら、この人がいっしーに何を吹き込むか分かったものではない。 「おやおや、妬いてるのかい? はっはっは、そう睨まない。じゃ、お邪魔虫はこの辺で退散することにするよ」 わたしがムキになって反対するのを高村さんはおもしろそうに笑い、やがて駅の中へと入っていった。 「……なんていうか、おもしろい人だな。お前の叔父さんって」 なんとなく気まずいような空気が流れるなか、いっしーが頭をかきながら重そうに口を開く。 「うぅ………絶対次に会ったとき、殴る」 「――みやっち、腹だけはやめとけよ」 拳を堅く握りしめ、目に復讐の炎が灯るわたしに、いっしーは苦い表情でそうつぶやいた。 「……ねえ、さっきから人の話聞いてるの、いっしー?」 「――え? ああ、ごめん。……で、何の話だっけ?」 家までの道を歩くなか、わたしはいっしーにいろいろ話しかけるがほとんど上の空で返事少なく、わたしは彼の肩を叩いて呼びかけた。 「もう〜、どうしたの? ……そういえば、高原さんを案内してるときも、なんだかいっしーぼ〜っとしてたよね」 まあ、いっしーが何故かぼ〜っと考え事をしていたおかげで、高村さんのでっち上げた嘘もなんとか無事にばれず、高村さんとわたしの小声のやり取りも聞かれずにすんだのだけど。 「もしかして具合悪い? 熱でもあるの?」 わたしはいっしーの熱を測ろうと、彼の額に手を伸ばす。 「べ、別にどこも悪くないって。ただ、ちょっと考え事をしてただけだっ」 いっしーはまるで照れるかのように慌ててわたしが伸ばす手を避けた。 「……そう?」 なんとなく気になりながらもわたしが手を引っ込めると彼はああ、と頷く。 「ところでさ、お前の叔父さんって仕事何してるの?」 「え? なんで?」 ひょっとして嘘がばれたのかと思い、わたしは内心どきりとしながら聞き返す。 「あ、いやちょっと気になったからさ……っていうか、何をそんなに慌てたような顔してるんだ?」 「う、ううんっ。なんでもない。……高村さんは医者だよ」 「医者? へぇ、医者なのかあのおっさん。……医者って精神科?」 「え――うん、そうだけど。………よく分かったね?」 (うう、やっぱりばれてるのかなぁ……) わたしが不安に思いながら尋ねると、彼はまあな、と軽い口調で答えた。 「いや、カウンセラーやってる従姉弟がいるんだけどさ。これが性格悪くてさ。人の弱みを握るとしつこいほどそれをネタにしてからかってくるわ、人への嫌がらせが大好きだわ………なんとなく中身があのおっさんと似てるから、そうなのかなって思ってさ」 いっしーはそう少し遠い目をしながらため息をつく。 (結局三人とも似たもの同士じゃないの?) わたしは普段のいっしーの行いを思い出しながら心の中でそう思ったが、それを言うと彼がムキになって反論してきそうなのでわたしは黙っていた。 「ああ、でもうちの従姉弟はまだ一応人の領分だけどあのおっさんは、う〜ん……しいていうなら狐だな」 「キツネ? なんで? 別に目も細くないし、あんまり狐みたいな顔には見えないけど」 わたしが不思議そうな表情でそう言うと、いっしーが何故か少し呆れたようにわたしを見て言った。 「いや、そういう意味じゃないんだけどな。………まあいいや。……そういや、みやっち。元々なんの話をしてたんだっけ?」 「え? え〜と………なんだったっけ?」 不意にいっしーに尋ねられ、わたしは先ほど中断した話の続きをしようと思ったが、自分が何の話をしていたかなぜかいっこうに思い出せず、いっしーに「おいおい、しっかりしろよ」と、先ほどまで上の空だった彼には言われたくないせりふを言われてしまう。 それからも、わたしたちは何度かテレビや漫画の話をして盛り上がりながら、共に帰路を歩いていった。
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