よい週末を

−2話−

黒蒼昴



「………あ、ごめんなさい。その、あまりにびっくりしちゃったから、ただ謝らなくちゃって、それだけが頭の中いっぱいになっちゃって…………」
 ようやく気持ちが落ち着いたのか彼女は少ししょんぼりとした様子で再び謝った。
「まあよくあることさ、気にするな――おぉ、そうだ。ちょうどよかった。ちょっと道を訊きたいんだが、いいか?」
「えと――道、ですか?」
 道、という単語を聞いてなぜか少女の顔色が強張った。
 俺はその反応を怪訝に思いつつも、続ける。
「ああ、古い友人でさ。浅見っていう人の家なんだけど」
 ……正直にいうと地元の子とはいえ子供なので、知り合いとかじゃない限り家の場所を知っているとは思えなかった。しかし、ざっとこの辺りを見まわした感じ住宅地とかは少なそうだったので、もしかしたら知っているかもしれないという淡い期待を込めて俺は少女に道を尋ねる。
「………………」
「………………?」
 しばらくの間、少女の返事を待っていたのだが、彼女は俺の質問には答えず、なぜか先ほどから恥ずかしげな表情をしながらしきりに指をいじっている。そして時折困った顔をしては、ある方角をちらちらと盗み見て、再び俺の方に視線を戻す。
(………なんだ、こいつ?)
 俺は彼女が時折見つめるその方角に視線を向けるが、そこにはただ緑の植え込みが生えているくらいで、特におかしなところは何も無い。
 俺はしばらく彼女のその挙動不審な行動を観察していたが、すぐに観察することに飽きて、俺はもう一度道を今度は強い口調で尋ねようと思い、口を開いた。
 すると、ちょうどそのとき彼女が何か覚悟を決めたような真剣な表情をしてキッと睨むようにして俺の顔を見つめた。
「――?」
 いきなり少女に真剣な表情で見つめられ、思わず俺は開きかけた口を閉じる。
 彼女は一呼吸分、間を空けた後一気に早口で言った。
「トシユキさんは、その、宇宙人の存在を信じますか?」
 少女は、言い終わると同時に不安そうな顔をして俺の顔色を窺うようにして見つめる。
「……………………」
「……………あぅ」
 俺は弱った表情をして、俺の顔を不安そうに見つめる彼女に、言った。
「…………すまんが、さっきの言葉をもう一度聞かせてくれないか?」
「…………あ、えっと――宇宙人は存在すると思いますか?」
 少女はなぜかあまり言いたくなさそうな顔をしながら、小さな声の早口でさっきの電波のようなセリフを再び言った。
 俺は少女のそのセリフで昔の、若干トラウマ的な思い出を思い出した。なるほど、それならこの少女のおかしな行動も納得だ。
「………なるほど、そういうことか」
「え?」
 俺の呟きを聞いて何のことかと目で問いかけてくる少女を無視して、とりあえず俺は先ほど少女がしきりに見つめていた植え込みを思い切り凝視する。そしてはぁ〜、と深いため息をつくと俺は彼女の方に振り返り、まるで仲間の苦労をねぎらうように優しく言った。
「………お前もいろいろと大変だな」
「えっ?」
「まあいいさ。それじゃ、向こうの茂みの中に潜む疫病神が厄をプレゼントしにくる前にとっととあいつの家に向かうとするか」
 そう言うと俺はベンチから立ち上がり、駅前の道をゆっくりと歩きはじめた。
「えっ、ど、どこに行くんですか?」
 俺が急に歩き始めたので慌てた様子で少女が追いかけてきて尋ねる。
 立ち止まり、彼女に素っ気無く答える。
「ん、どこに行くかって、決まってるだろ。今から宇宙人の基地にハイキングに行くようにでも見えるのか?」
「あぅ、いや、そうじゃなくて――あ、ひょっとしてあの地図読めたんですか? すごいですね〜。地元に住んでいるわたしでも、さっぱり分からなかったのに」
 感心した表情で言う少女に、俺はおいおい、と苦笑しながら答える。
「あんなどこかの国の機密暗号みたいな地図、世界中どこ探したって描いた本人以外に解読できるやつなんていねぇよ」
 俺はそう言って再び歩き始める。少女は俺の横をついて歩きながら、不思議そうな表情を浮かべながら尋ねる。
「えっ? じゃあなんで、透子さんの家の場所知っているんですか?」
「ん? 知らないけど?」
 俺の素っ気無い返答に少女はわけが分からない様子で尋ねる。
「え? じゃあなんで、歩いてるんですか? ていうかそれじゃあ、トシユキさんはどこに向かってるんですか」
 俺は歩きながら、不思議そうな顔をして俺の顔を見つめる彼女に答える。
「どこにって、道案内ならお前がしてくれるんだろう? そうあいつに頼まれ――いや命令されてきたんだろ?」
「えぇっ? なんで知ってるんですかっ?」
 俺の返答を聞いて、驚いた表情をして少女は俺に聞き返す。俺はそんな彼女に、一つ一つ丁寧に説明する。
「まず、第一にお前の行動と様子。明らかに挙動不審すぎる。露骨に別の方向をちらちらと見るな。まぁ、その方向に何があったかは分かってるから言わなくていい。そして第二に、お前がさっき言ったあの質問。そんな電波な質問をするやつが俺の知り合いに一人いる。そして決定的なのが三つ目。俺はお前に名前を名乗った覚えはない。
 あと、今になって考えてみると、絵が下手と自覚している奴が地図を描いて俺に送るわけもない。以上、何か質問は?」
 俺の推理に少女はひどく感心したのか、手を叩きながら言う。
「うわぁ〜、すごい! すごいですっ! トシユキさんって、探偵なんですか?」
「ん〜、まあ、似たようなもの、かな」
 俺は目を輝かせて尋ねる少女の反応に少し気恥ずかしくなりながら、歯切れ悪く答える。
「まあ、そういうわけで、だ。あいつの家までの道案内をお願いしたいんだが」
 俺の頼みに、快く頷きかけた彼女だったが、突然何かを思い出したのか、急に表情を曇らせて首を横に振って言う。
「あ、えっとそうしたいのは山々なんですけど……それには、その………さっきの質問に答えてもらうまで、案内しちゃ駄目だって言われて…………」
 そう少女は、困った表情をしながら歯切れ悪く言った。
「質問って………もしかしてさっきの宇宙人がどうこういうっていう、ふざけたアレか?」
 彼女はコクリと首をうなずかせて答える。
「その、二人で通じる合言葉だから、トシユキさんなら必ず知ってるって、透子さんが………」
「――ほぉ、合言葉かぁ。合言葉ときたか、あいつもなかなか味なまねしてくれるじゃないか」
 俺は少し離れたところにある茂みの影の辺りをじろりと睨みながら言った。
「えと――合言葉、じゃないんですか?」
 たぶんあいつからそういう風にあることないことをいろいろ捏造されて聞かされているのだろう。少女は意外そうな顔をしながら訊いた。
「ああ。あいつから何を聞かされてるのかは知らないが――まぁ、大方予想はつくんだが――それは全部真っ赤な嘘だ。俺はいたって真面目な人間で、決してあいつのような電波星人なんかじゃ、決して無い。さっきお前がしてきたあの質問だって、昔あいつがやたらと俺にしてきた質問だ。しかも俺に答えの選択権は全然無かったしな………はぁ」
 その頃の事を思い出し、とてつもなく気持ちが滅入ってきた。
 全く。あいつは大人になってすこしはましになったと思っていたが、よりひどい方向に進化しやがったようだ。
 俺はそんなえせ合言葉なんか無視しようと思ったが、あまりにも少女が弱った表情を浮かべているのを見て、なんだかかわいそうになり、同情した俺は仕方なく彼女のために答えてやることにした。
「はぁ………仕方ないな」
 俺はまっすぐ彼女の方を向くと、わざと大きな声を出して言う。
「宇宙人か。確かにいるかもしれないな、お前の妄想という世界の中に。
 まったくこりないやつだな、お前は。まだこんなこと続けてたのか。呆れて言葉も出ない――というか、ひょっとして俺をここに呼んだのもそれ関係じゃないだろうな。勘弁してくれよ。なんでせっかくの休日にわざわざこんなど田舎まで来てお前の電波を浴びなきゃいけないんだ」
 そう言い終わると俺はニヤリと笑みを浮かべながら「これでいいか?」と横で苦笑いを浮かべている少女に聞いた。
「あはは。さっきの全部嘘っていうのは違いますね。トシユキさんってやっぱり透子さんが言ってた通りの人ですよ」
 そう、彼女は笑いながら言う。
「う〜ん、あいつが俺の事をどう言ってるのか、少し詳しく聞かせてもらう必要がありそうだなぁ。……さて、じゃあ今度こそあいつの家まで道案内してもらうぞ」
 そう言って歩き始めた俺を少女は「ああ、ちょっとっ!」と慌てて呼び止める。
「なんだ? ああ、さっきの合言葉が違うから駄目、というのは無しだぞ。さすがにそれを言わされるくらいなら俺は帰るぜ」
「え? あ、そうじゃなくて、そっちじゃなくてこっちの道です…………」
「………そういうのはもっと早く言ってくれ」
「……ごめんなさい」
 そんなこんなで、俺は彼女の後に続いて山際の道をあいつの家に向かって歩き始めた。

 

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