よい週末を

−3話−

黒蒼昴



 山と田んぼの間にあるその道は、一般的なアスファルトで舗装された道と違ってただ単純に土が踏み固められてできた細い道だ。
 俺はその道を歩きながら、たまにはこういうところに来るのも悪くないかもしれないなと心の中で思う。
 俺が住んでいる都会で流れる大量の人や車の奏でる雑音よりも、こっちの鳥や風、木々たちが奏でる音楽の方がはるかに気持ちいい。
 俺がほんのりと心安らいでいると、横を歩く少女が少しおずおずとしながら俺に尋ねてきた。
「あ、あの、トシユキさんと透子さんって――やっぱり、その、恋人同士なんですか?」
「……………はあっ?」
 いきなりのその質問に俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「おいおいおいおい、いきなり何言い出すんだ、お前は。俺とあいつが付き合ってる? そんなこと、あるわけねぇだろっ。なんで俺が、あんな宇宙人大好き電波女と付き合わなくちゃいけないんだ」
「ええっ? でもでも、透子さんはよく研究に行き詰ったときとかにトシユキさんを必ず見返してやるんだってよく言ってるし、よく透子さんの話にトシユキさんが出てくるから。恋人なのかなぁってずっと思ってたんですけど…………違うんですか?」
「…………ああ。違う。俺はあいつの恋人なんかじゃ、ないんだ」
 どこか自嘲めいた俺の口調に、「そう、なんですか」と彼女は戸惑ったような表情を浮かべながら、その話題を引っ込めた。
(やれやれ。ここまで来てコレか。神様もなかなか酷な事しやがる)
「――そういやさっき、研究って言ってたが………ひょっとしてあいつまだ宇宙人がどうとかいう研究してるのか?」
「あ、はい。それはもう、宇宙人の秘密を解き明かしてやる〜って毎日すごいがんばって調べ物とか実験とかしてます。わたしもときどき透子さんの研究のお手伝いとかをさせてもらってるんです」
 なぜか彼女は胸を張ってそう誇らしげに言った。
「透子さんって本当にすごいんですよ。いろんな知識を持っててとってもかしこいし、いろんな国の言葉を話せるんです。それに透子さんの家にはいろんなすごい道具とかがいっぱい置いてあって――」
(あ〜、まあ中学生の子供ならそういう周りとは一風変わったものに惹かれるものなのかもなぁ………)
 俺は哀れみの表情を、目の前で得意げに語る少女に向けながら、そう心の中で思う。
「――あと、なんか最近すごい大発見をしたらしくて、近々それを世間に発表するそうです」
「………そうかい。そいつはすごいな」
 俺は淡々とした口調で目の前で楽しそうに語る少女に言った。
「うん、それはもう、すごいんですよ。でも私には『それは後のお楽しみ』って言って全然教えてくれないんですよ。これってひどいと思いません?」
 少女はすねた表情をしてそう言ったが、俺はそれには何も答えなかった。
 それからしばらく歩き、ようやく坂の上に目的地らしき建物が見えてきた。
「おいおい、もしかしてあの建物がそうなのか?」
 俺が少しうんざりした顔でそう尋ねると、彼女はそうですよと答えた。
 その建物は、丸太で出来た山小屋に無理やり天文台らしきものを合体させたようなおかしな外観をしていた。
「まあ、見た目はちょっとアレですけど。でもでも中は、パソコンとか大きい望遠鏡とかいろいろあってすごいんですよ」
 俺が少し嫌そうな顔をしているのを見て、少女が慌ててフォローする。
「………まあ、いいけどさ。どんなところに住もうがあいつの自由だし」
 その奇妙な見た目をした建物の玄関前まで来たところで少女は言った。
「さてと、ここで案内は終了です。わたしはこの後用事があるからもう行かなきゃいけないんです。できればトシユキさんと透子さんの会話とか聞きたかったんですけど、残念です」
 まだ俺とあいつが恋人同士だと疑っているのか、彼女はそうにこやかに笑みを浮かべながら言った。
 訂正するのもめんどくさいので、俺はとりあえず彼女の言動を無視することにして、彼女にお礼を言う。
「そうか。案内してくれてありがとな。しかしせっかくここまで来たんだし、あいつに一言くらいあいさつしていかないのか?」
 すると、彼女は顔に苦笑いを浮かべながら答える。
「透子さんて結構おしゃべりだから。あいさつするだけでも結構時間がかかっちゃうんです」
 そうだよなぁ、とお互いに軽く笑いあってから、俺はもと来た道を戻っていく少女の姿をしばらくの間見送った。
「………さて、と」
 彼女の姿が完全に見えなくなってから、俺は建物のドアの脇についているインターホンのボタンを指で押した。
 ピンポーンと軽快な音が鳴るがドアの向こうからは、何の反応も返ってこない。俺はしばらく待ってからもう一回ボタンを押す。
「………………やれやれ、まだなのか」
 俺は胸のポケットからタバコを取り出すと、建物の壁にもたれながらのんびり吸う。タバコを吸い始めてから少ししたところでがたがたと扉の奥から何かがあわただしく動くような物音がした。
 そしてインターホンのスピーカーから、ハアハアと息を切らしたような呼吸音と共に切れ切れの若い女性の声がする。
『……こ……ここに、入る、には合言葉が必要よ』
 俺は吸ったタバコを地面に捨てると、呆れながら言った。
「………とりあえず言いたい事が山ほどあるんだが、その前にこのドアけやぶって入っていいか?」
『残念でした。そのドアは特別製で、ちょっとやそっとじゃ壊れないように出来てるのよ。じゃあ、合言葉。「宇宙人は」?』
「バ〜カ」
 インターホンからの声が沈黙し、あいつが怒っている様子がインターホン越しにほんのりと伝わってくる。
『…………もう一回聞くわよ。「宇宙人は」?』
「金目の物を置いて、さっさとこの地球から出て行け」
『…………』
「おーい、ちゃんと答えたぞぉ。さっさとこのドア開けてくれよ」
『………………』
 少し長い沈黙が続いた後、
『じゃ、じゃあ次の合言葉ね。次は――』
 俺は彼女の言葉が終わるのを待たずに、ドアのノブをつかみ、回す。鍵が掛かっていなかったのかすんなりドアノブは回り、ドアは開いた。
 俺はドアを開けるやいなや、いきなり中に入ってきた俺の姿を見て、きょとんとした表情を浮かべる透子の額に強いデコピンをかました。
「いったぁぁぁ〜」
 透子は涙目で額を押さえてその場にうずくまる。
「痛いじゃない、なにするのよ!」
 彼女はがばっと勢いよく立ち上がり、いまだ痛む額を手で抑えながらまっすぐ俺を睨む。
「それは俺のセリフだ。人をこんな辺鄙なところに呼び出しておいて、子供使って俺にいたずらするなんてなかなかいい度胸してるじゃないか。しかも俺が困ってる姿を離れたところからこっそり観察してやがるし」
 俺の鋭い追及に透子はううっ、と呻く。
「な、なんで、そのことを……。ばれないように完璧に隠れてたつもりだったのに」
「………あの子が俺と話してるとき、なぜかある方向をやたらとチラチラ見てたし、案内してる最中やけに遠回りな道を歩かされた。大方お前がここに戻ってくるまでの時間稼ぎってとこだろ。
 まあ、もっともおまえの息がぜいぜい上がってたのを考えると、あんまり意味はなかったみたいだが。以上、被告人は何か弁解はあるか?」
「うぅ〜っ」
 彼女は自分の悪戯がバレていたことが悔しいのか、腹立たしそうな表情を浮かべながら唸る。
 それを見て、俺はにやりとうれしそうに笑みを浮かべ、さらに続ける。
「ところで、いつまで玄関で立ち話なんかさせる気だ。俺は、誰かさんに遠回りさせられたおかげで、もうくたくたなんだけどなぁ」
 透子は「くぅ、俊之のくせに〜」とぶつぶつと逆切れ混ざりの恨み言をつぶやきながら、俺を奥の部屋に迎え入れた。

 

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