よい週末を

−4話−

黒蒼昴



「……なんの冗談だ、これは?」
 部屋に入ると、そこにはたくさんの意味不明な装置、おもちゃみたいな形をしたUFOの模型、そして机の上にはたくさんのUFOや宇宙人の写真などがあふれ出しそうなくらい(実際にあふれ出して机の周りに落ちている)あった。
「やれやれ、やっぱりまだこんなこと続けてたのか」
 俺は机の上にのっている一枚の写真を適当に手に取って眺める。その写真には、夜空にぼやけた球状の光のようなものが映っていた。
「こんなことってなによ。宇宙人は実在するんだから。それを調べて一体なにが悪いのよ」
「はあ、宇宙人? くだらない。そんなものいるわけないだろ」
 俺の言葉を聞いて彼女は表情を怒らせながら口を開く。
「…………そういえば高校に上がった頃から俊之、急に反抗的になったわね。私の言うことにやたらとケチをつけるようになって。………はぁ。昔の俊之は私の言うことをなんでも素直に聞いて手伝ってくれるいい子だったのになぁ。あの頃のあんたはどこに行っちゃったのやら」
 そう言うとはぁ〜っ、と彼女は露骨に俺のほうを見ながら深いため息をついた。
 俺はふん、と鼻で笑って答える。
「よく言うぜ。俺が何でも言うことを聞くのをいいことに、いろいろこき使ってたくせに。俺は高校時代になってからようやく自由を勝ち取ったのさ」
 本当のことをいうと別に俺は反抗期に入ったわけではなく、ただ単に高校生のときに何の気なしに彼女をからかってみたら、彼女の反応が予想外におもしろくまたかわいらしいものだったので、以降それを見るためだけにいろいろちょっかいをかけていただけなのだが。
(まあ、そんなこと、口が裂けても言えないけどな)
 俺は内心苦笑いを浮かべながら心の中でそう思った。
「それにしても、ずいぶん久しぶりだなぁ。高校を卒業して以来か?」
 俺は、適当にそばにあった椅子を引き寄せて座る。
「そうね。俊之は卒業してすぐ東京に行ったから。ねえ今は向こうで何してるの?」
 透子も同じく椅子を引き寄せて、そこに座る。
「ずっと仕事三昧さ。国の下で働いてる、まあ公務員みたいなものをやってるが、これが結構きつくてさ。そういうお前は何してるんだ。まさか、ずっと研究の日々だったとか言わないだろうな」
 俺が恐る恐る尋ねると、彼女は誇らしげに俺の予想通りの返答をした。
「ええその通りよ。………何よ、その顔は。いいでしょ、別に。それよりも俊之って公務員なんだぁ。そっかぁ、昔から俊之頭良かったもんね」
 彼女は昔を思い出しながら、しみじみとした様子で言う。
「………そんなにいいものじゃないさ。結構仕事もきついからな。大体、お前のほうが俺よりも成績良かったじゃないか。それなのに、こんな無駄なこといつまで続けるつもりなんだ?」
「それ、どういう意味?」
 それまでにこやかだった彼女の表情が、その言葉で休息に曇りはじめる。
「どういうって、そのままの意味さ。宇宙人なんていやしないものを調べるくらいなら、もっと有意義なものが他にたくさんあるだろう」
 俺は、出来れば彼女に宇宙人の研究なんていうものは今すぐやめて欲しかった。俺はそのためにここまではるばるやってきたのだ。
 別に彼女の将来を心配して、なんて綺麗事をのたまうつもりはない。ある事態を避けるため、それが避け得ようのないものと分かっていてもなお、俺はその事態を避けたいがために、わざと彼女の研究を馬鹿にする。
「これだってっ! 十分有意義だわよっ!」
 彼女は予想通り怒りの表情を顔に浮かべながら、俺に向かって怒鳴る。
「まあ、落ち着け。いいか、宇宙人なんて妄想、誰も信じてなんかいやしないんだ。たまに、テレビでそういう番組をやっているが、それもただ面白半分にやっていてそれをみんながまた同じく面白半分で見ているだけだ。だいたい宇宙人がいるという証拠なんてどこにもないんだし。お前もだな、もう――」
「………証拠? 証拠があればいいのね」
 透子は俺の言葉を遮って、そうつぶやくように言った。
「あ、ああ。まあ証拠さえあればみんな信じるだろうが………もしかして、あるのか………その、証拠が」
 俺は内心、自分の失言にいらだちながら、彼女がその証拠とやらを持っていないことを切に祈った。もし証拠があるならば、彼女の性格を考える限り、それはもはや致命的だ。
「証拠ならあるわ。ちょっと待ってて」
 彼女は椅子から立ち上がりそう俺に言い残すと、別の部屋に入っていった。
「……………そうかい」
 部屋に残された俺は一人力なくそうつぶやいた。


「ふぅ、お待たせ。証拠を持ってきたわよ――って俊之タバコなんか吸うの?」
 部屋に戻ってくるなり彼女は俺が吸うタバコの匂いに眉を寄せ、露骨に嫌そうな顔をした。
「あぁ、向こうに行ってから吸い始めたんだよ。嫌なときとかに吸うと、けっこう楽になるぜ。お前も吸うか?」
 俺は彼女にタバコを一本差し出すが、彼女は「吸わないわよ」と言い、俺が差し出したものと俺が口にくわえていたものをひったくると窓を開け、それを投げ捨てた。
 「あぁ〜」と言う俺を尻目に彼女は部屋のパソコンを起動させると、部屋に戻ってきたときに手に持っていたCD-ROMをパソコンにセットする。
 少しして、画面にいくつかの画像と、何種類かのデータのようなものが表れた。
「なんだ、これは?」
 俺は彼女の横に立って、画面を見ながら尋ねる。
「これは、NASAが撮影した、一月前の火星近くの映像の写真よ。だいぶ前にNASAのコンピューターをハッキングして仕入れたの。で、ここよ。ほら、なにか、点のようなものがいくつか見えるでしょ?」
 たしかにその映像には、火星の近くに何か米粒のような点がいくつか映っている。
「で、これを拡大すると――」
 彼女がパソコンのキーボードを操作すると、米粒のような点が、拡大されて画面に表示される。それは若干ぼやけているものの、まさしくUFOそのものの形をしていた。
「どう? どこから見ても正真正銘、UFOでしょ」
 彼女はまるで勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、俺を見る。
「それでね、もっとすごいことがあるのよ。あのね、いくつかの映像を照らし合わせて分かったんだけど、このUFO、地球に向かって少しずつ動いてるのよ。時期的に言って今週の週末ぐらいに地球に着くはずよ」
 俺はうれしそうな顔をしながら画面を見つめる透子に問いかける。
「なあ、お前はこれをどうする気なんだ?」
「もちろん、世間に公表するに決まってるじゃない。ああ信憑性についてはもちろん心配ないわよ。これが合成写真でない証拠もちゃんと持ってるから。いざというときには、NASAあたりの人工衛星使って、生で中継映像を見せつけてやればみんな信じるでしょ。あそこのコンピューター、セキュリティが案外甘いのよねぇ」
 そう言って彼女は、あははと軽く笑った。
 俺は彼女と違って真剣な表情をして彼女の顔を見つめながら尋ねる。
「なあ、ひとつ訊いていいか。どうして、お前はこれを公表しようとする? このことを知ったら必ずみんなパニックを起こすだろう。そうなれば怪我人や、下手をすれば死者が出る可能性もある。………それでもお前はこれを公表するか?」
「………それでもよ。だって――不公平じゃない」
「不公平?」
「そうよ。こういう重大な情報ってどうして一部の人間達だけで隠そうとするのかしら。私ね、そういうのって不公平だと思うのよ。
 ほら、よく重大な、例えば火山が噴火するとか津波が起こるとか、そういう情報を大衆に流すとパニックになるってよくいうじゃない? でも私に言わせてもらえばそれはあまりにおこがましい誤りだわ。それって単に上から目線で大衆を馬鹿なものだと思いながら見てるってことじゃないの? それはまあ、中には本当にみんなのことを思いやって、やっている人もいるかもしれないけど……。
 でもね、大衆ってそんな思われているほど馬鹿じゃないと思うの。
 確かに、中にはパニックを起こすような人もいるかもしれない。でもそれと同じように冷静に事実を受け止めて、解決策を提案できる人もいるの。そういう人のおかげで困難な事件が解決した例も実際にあるわ」
「…………だから、パニックが起こる可能性があるのにもかかわらず、いやむしろ起こると分かっていても、あえて公表する、と?」
「ええ、そうよ。それに………」
「それに?」
 透子はきらきらと、まぶしいくらいに眼を輝かせながら言った。
「そのほうがおもしろいじゃないっ!」
「――やっぱりそれかよ!」
 俺の突っ込みに彼女はあはははは、と悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべて笑った。
「さぁて、さっそく公表する準備をしないとね。ちょっと待ってて。すぐ済むから」
 彼女はそう言うと、パソコンの画面に向かって何か作業をし始めた。
 俺は彼女の背後にゆっくりと足音を忍ばせながら回り込むと、懐からあるモノを取り出して尋ねる。
「………なあ、最後にもう一度だけ聞かせてくれないか。お前はコレを公表するのを、やめるつもりはないんだな?」
 透子は俺の方を振り向かず、パソコンの画面を凝視しながら「当たり前じゃない」と答えた。
「――そうか」
 俺は彼女の答えを聞くと、手に持ったソレを彼女の頭に向け、静かに引き金を引いた。

 

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