よい週末を

−5話−

黒蒼昴



「……ほんとにやるんですかぁ?」
 結衣は初め、かなり嫌そうな顔をしてそう言ったが、しばらく交渉した末渋々それを承知した。
「……ああ、もうそろそろ時間ね。ほら、早く行くわよ」
 私は時計を見て言う。もう、そろそろ駅に電車が来る時間だ。ここは電車の数が極端に少ないため、彼が来るだろう時間は簡単に推測することが出来た。
 私は道を歩きながら、再度結衣に確認をする。
「いい? さっき私が言った合言葉を、しっかり俊之に聞くのよ。私は例の植え込みの中に隠れてちゃんと見てるから」
「分かってますよ。『宇宙人はいるか』でしょう? ちゃんと言いますから、約束絶対守ってくださいね」
「はいはい。分かってるわよ。イムル・ギウンのくまのぬいぐるみでしょ? ちゃんと後で買ってあげるから」
 いつもは私の言うことはなんでも素直に聞いてくれるのに、なぜか今回に限って結衣は私に反抗をしてきた。
 そりゃぁ、確かに彼女の恥ずかしいという気持ちも理解できなくはないけど、それでも私の助手ならそれは快く二つ返事で受けてくれるべきじゃないのかしら。
 結局、前から結衣が欲しがっていたブランド物のぬいぐるみを買ってあげることで、なんとか結衣の首を縦に振らせることが出来た。
(結構高いんだけどなぁ、あそこのぬいぐるみ)
 私は頭の中でぬいぐるみの価格を思い出しながら、はぁと深いため息をつく。
 なんとなくやり始めた株が大成功して結構儲けているとはいえ、その儲けのほとんどを研究用の機材とかにつぎ込んでいるので、実際に私が自由に使えるお金はそんなに無い。
(まぁ、それももう少しの辛抱ね)
 今回の計画が成功したら、私の名は一躍世界に広まることになる。そうしたら、もう研究資金に困ることも無いだろう。それに………。
「じゃあ、私はそこの植え込みに隠れてるから。健闘を祈るわ」
 駅の近くまで来たところで、私は結衣にそう告げると駅前のベンチに座っている俊之にばれないようこっそりと移動して近くの植え込みの中に隠れる。
 ――俊之は私が小さい頃からの幼馴染だ。
 彼とはよくけんかすることもあったけれども、よく気が合い、私の一番の親友だった。
 私は小さい頃から、宇宙人や怪奇現象などの類が大好きで、またそれらが現実に存在すると信じていた。けれども、俊之はそれらの存在を信じておらず、また信じようともしなかった。
 私は彼にそれらのすばらしさについて知ってもらいたくて、同じ楽しみを共有したくて、よく宇宙人とかの調査に無理やり連れ出したりした。ときには教師や親にしかられることもあったけど、今でもあの頃の思い出は輝かしいものとして頭の中に鮮明に残っている。
(あ〜、あ〜、もう何やってるのよ。結衣ったら)
 結衣が俊之の頬に指を当ててしまい固まっているのを見ながら、私はため息をつく。
 結衣は素直でよく気が利くいい娘なのだけども、少しドジな面があった。まあ、そこがまたかわいいのだけども。
 久しぶりに見る俊之の顔は、最後に私が見たときよりも少し大人びた表情をしていた。けれども、結衣との会話を聞いて、中身のほうはあの頃とあまり変わっていないことを確認し、私は内心ほっとし、うれしくなった。
(あ、こらっ!)
 結衣と俊之の会話の様子をじっと見つめていたら、急に私と彼らの間に猫が割り込んできた。猫の姿が彼らの姿に覆いかぶさり、彼らの様子が見えなくなる。
(う〜、もうっ! どきなさいよぉ)
 手で払うことも声を出すことも出来ず、私は猫をぎろりと睨むが、対する猫は気にする様子もなく堂々とその場に居座って毛づくろいを始めた。
(あっ)
 気がつくとちょうど結衣が俊之に合言葉を尋ねていた。彼女には俊之が例の言葉を言わない限り案内するなと前もって言いつけてある。
(う〜っ。この猫は、ほんとにもうっ!)
 彼がそれをどういう表情をして言うかが見ものの悪戯だというのに、肝心のそれが見えないんじゃ面白さも半分以下になる。
 私は激しく猫を殴り飛ばしたい気に狩られながら、それを必死で押さえていると、俊之が合言葉を答えはじめたので、私はとりあえず見えないことはあきらめることにして、慌てて耳をすませる。
「――宇宙人か。確かにいるかもしれないな、お前の妄想という世界の中に」
(………なんですって)
 私は立ち上がって怒鳴りつけたくなるのを必死に押さえながら、彼の言葉の続きを聞く。
「まったくこりないやつだな、お前は。まだこんなこと続けてたのか。呆れて言葉も出ない――というか、ひょっとして俺をここに呼んだのもそれ関係じゃないだろうな。勘弁してくれよ。なんでせっかくの休日にわざわざこんなど田舎まで来てお前の電波を浴びなきゃいけないんだ」
 俊之はそう言いたい放題言った後、結衣と共に駅前の広場から離れていく。それと同じくして邪魔だった猫もとことことどこかに歩き去っていった。
「…………俊之ぃ〜、あとで覚えてなさいよっ!」
 誰もいない駅前で私は力いっぱい叫んだ。


「ハァッ、ハァッ……」
 結衣たちよりも先に家に着かないといけないため、私は家までの近道を全力で駆ける。
 いつからだろう。俊之が親友としてではなく、別の意味で好きになり始めたのは。
 私は走りながら昔の事に思いを馳せた。
 俊之といろいろ行動していくうちに、いつしか彼に怪奇現象とかの素晴らしさを教えることよりも、彼と一緒に何かをしたいということが目的になっていた。
 けれども、当時の私には彼にその胸の内の想いを伝えることなど到底出来ることではなかった。


(えぇっ! もう?)
 家に着くと、すでに家の前に俊之の姿があるのを見て私は驚いた。
 う〜ん、やっぱり途中で知り合いのおばさんに出会ってしまい、つい話し込んでしまったのがまずかったか。
 私は彼に悟られぬようこっそりと家の裏に回り、裏口から中に入る。
 私は急いで玄関まで走ると、再三鳴らされているインターホンの受話器を手に取った。


 俊之への想いに気づき、それを伝えようか迷ったとき、私はあることに気づいた。
 私は怪奇現象などが好きで、よく彼のことをそれで連れまわしたりしていた。でも、普通の女の子はそんなことはしない。私の周りの人たちも皆そうだった。私の趣味や、やることを不思議がり、馬鹿にしたりしていた。露骨にそれを言われたことはなかったが、それでもある程度の感情は隠していても伝わるものだ。
 私はそれらの反応を大して気に留めることはしなかった。彼らは彼ら、私は私。彼らがどう思おうが私には関係のないこと。
 けれど、俊之に対してだけは違った。彼にだけは、そういう風に私を見て欲しくはなかった。彼にだけは馬鹿にされたりしたくなかった。


 部屋に通された彼は、驚いた様子で口をぽかんと開け、部屋にあるいろいろな機会やら模型やらを見つめていた。
 彼は案の定、私のしていることにいろいろいちゃもんをつけてきた。が、私はそれが彼の本心ではなくただ、私を怒らせて楽しんでいることに気づいていた。高校の頃から彼がやりはじめたそのわざと私を怒らせようとする悪戯に、いつから気づいていたかというと初めから気づいていた。けれども、彼とのけんかにも似たそのやりとりがおもしろくて、私はあえてそれに気づかないふりをしていた。


 私は部屋のパソコンを起動し、持ってきたCD-ROMをセットし、彼に証拠であるデータを見せる。


 けれどもそんな日々のなか、私は時おり不安に思った。
 もし私がそう思っているだけで、実は全然違っていたとしたら。俊之は本当は、私の言うことや趣味に嫌気が差していて、私のことをただのおかしな妄想女としか見ていなかったとしたら。
 ただ純粋にそれが怖くて、私はとうとう彼に想いを打ち明けることが出来なかった。
 そして彼が東京に行き一年後、私は決意する。
 私の妄想が妄想でないことを俊之に証明して見せる、と。
 それからの日々毎日が研究の日々だった。時には危ないことに足を突っ込むこともあった。そして、ようやく、ようやくそれらの努力が実るときがやってきた。
 私は俊之に手紙を出したときにある決断をしていた。この宇宙人がいるという事実を全世界に公表し、証明したら、俊之にこの胸の内の想いを伝える、と。
 私はこれからのことに内心どきどきしながら、このデータを全世界に公表するべくパソコンを操作する。
「――そうか」
 それが、私が聞いた俊之の最後の言葉だった。

 

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