「……樹くん?」
うとうとしていた晃一が振り向くと、そこにはよく知る顔があった。
「あ〜、ことりか、どうかした?」
ことりは時計のほうを指さした。
時計の針はお昼休憩の時間をさしていた。晃一は気付かなかったのだが、チャイムは鳴り終わり、昼休憩へ突入していた。
「あ、そっか、じゃあお昼にしようか、今日は食べに行かないの?」
ことりはフルフルと首を振って、背中に隠していた右手を差し出した。
「お弁当作ってきたの?」
今度はコクコクと首を縦に振って、ブルーの袋のお弁当を僕に渡して、
「………樹くんの」
と一言だけ言って、背を向けて走り出そうとした。
「えっ? ありがとう。で、ことりはどうするの?」
立ち止まったことりは目を泳がせながら、一分近くの沈黙のあと、
「……これ……」
そう言ってピンク色の袋を取り出した。
「そっか、じゃあ一緒に食べようか?」
また長い沈黙のあと、返ってきた答えは頷きだけだった。
桜はもう完全に散って、葉桜になっていた。
緑の桜の下で、ことりと晃一はゆったりとした昼食を楽しんでいた。
「………」
しかしことりはずっと黙ったままだった。
普段からあまり率先してしゃべることはないことりだったが、この日はいつも以上に何もしゃべらなかった。
「ねぇ、ことり?」
声をかけるとことりは、驚いたように肩を震わせて、少し遅れて晃一のほうに顔を向けた。
「おいしいよ。このお弁当、ことりが作ったの?」
「……ん〜〜〜、……半分?」
「お母さん?」
そんな晃一の当たり前のような答えに対して、ことりはフルフルと首を振りながら、
「……ちぃと」
「ちぃ、妹?」
「……お父さん。……ちぃって、呼んでるの」
晃一はそんなことりの新しい一面を素直にかわいいと思った。
ちぃと呼ばれるお父さんと二人で、キッチンでお弁当を作ることり、体に合わない大きなエプロンを着て……
「ちぃ、卵焼き、……できたよ」
「よしよし、ご飯も詰め終わったよ」
「じゃあ……こっちも、詰めていくね」
「ところで、この一つ多いお弁当は?」
「……晃一くん」
「――あぁ、ごめん、ことりかわいいなあって、思って……」
「……っ!」
(やってしまった!)
晃一は素直にそう思った。もちろんかわいいなんて言葉を女の子に言ったのはこのときが初めてだった。
ことりは黙ったまま、顔から耳までどんどん赤くなっていく。
「え! いや、あの、その――」
晃一はことりのほうを見ることができない。なんとか話をしないと、そう思った晃一は、
「あ〜、おいしかったよ。ことり、ありがとう、お弁当」
ことりは目を閉じ、必死に頷くばかりで、晃一のほうを見てはいなかった。
そんなことりの様子を見ていた晃一は、少しだが心にゆとりがでてきた。
晃一はどうにかことりを落ち着かせようと、
「ことり、深呼吸」
晃一は可能な限り落ち着いた声音で言った。言われたことりはピタッと止まって、目を閉じたまま深呼吸を始めた。
「スーーー…、ハーーー…、スーーー…、ハーーー」
深呼吸を終えたことりに、晃一は少し間をおいてから声をかけた。
「大丈夫、ことり?」
「………なんとか。……樹くんの、せいだけど」
僕のほうを見ていることりの顔はまだ少し赤い。
「ごめんごめん、がんばって料理をしてることりを想像したら、ぽろっと口から出ちゃった」
ことりの顔がまた火でもついたように赤くなっていく。
「………うん、……その、あの……、ありが、とう」
ことりを見てるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
「そ、そうだ。お礼といっちゃなんだけど、今度の日曜日にでもさ、一緒に買い物にでも行かない?」
ことりは考え込むように首を傾けていき、トテンと横に倒れた。
「あっ! 大丈夫、ことり?」
倒れたことりも倒れるとは思っていなかったのか、目を丸くしていた。
「……お礼なんて、いいよ?」
「いや、せっかくおいしいお弁当を作ってもらったんだもん、お返ししなきゃ」
「じゃあ……、今週の日曜……。だから明日も、お弁当作る」
今日は木曜日だから、明々後日ということか。
「そうだな〜。十一時ぐらいに待ち合わせで、お昼ご飯はおごるよ。ちょうど今日と明日の昼ご飯代浮いたし」
ことりは首を横に振った。おごりという部分が気に入らないのか、少しだが難色を示している。
「大丈夫、安くておいしいお店を知ってるから。だから、明日のお弁当も楽しみにしてるよ」
その一言で納得したのか、ことりは一度頷いてから、
「分かった、明日も……がんばる」
決意を示すように、ことりは拳を握ってそう言った。
そんな決意の一言と同時に、昼休み終了のチャイムが鳴った。
続く・・・
あとがき
というわけで、4話、5話を読んでくれた方、ありがとうございます。
館長の竜宮たつきです。
館長の春季休校、もうすぐ終わってしまいます……
まあ2ヶ月も休んでおいてまだ休むのかと言う話なんですが、まあのんびりとしたいというのは人として仕方ないことではないかと思います。
今回は樹君とことりさんの学校での日常をお送りしました。
ことりさんはのんびりと前進、樹君はそれについていくような形。
今回はそんな感じですかね。
次は2人でデート、と言う名のお出かけします。
そこでは何があるんでしょうね?
このあたりから書き下ろし否っていくので、冊子で読んだという方も楽しみにしておいてください。
ではでは、就活が本格的に忙しくなり始めた、竜宮たつきでした。