君の背中を追う 〜4話〜

竜宮たつき


「いい天気でよかったじゃない。ねえ、シュン?」
「そうだな、絶好の天気だ、これなら負けねえ」
 勝つ負けるといった話は、前日までさかのぼることになる。

「明日の記録会にアタシと勝負しないかい、ボーイ?」
「…………は? 何て、よく聞こえなかったっぞ、村上?」
 二月の寒いグラウンドで、ハイテンションな村上は訳の分からないことをのたまった。
「だ〜か〜ら〜、アタシとレースしませんかって言ってんの」
 分かりやすく言ったつもりなんだろう、レースの部分はきちんと舌を巻いている、一応前のボーイの部分の延長か何かだろう。
「断る、オレとお前のこの前のタイム差を考えろ。三千で三分はあるんだぞ?」
 村上はうなずきながらも、手を前に出してストップをかけて、
「まあまあ、だからアタシは二分後からスタートする。先生にももう話をつけてきた。シュンが先にゴールに入れば勝ちでいいから〜」
 三分の差があると聞いていなかったのか、こいつは、
「だから――」
 また手を前に出した、聞けということらしい。
「ベストタイムは一分と半しか変わらないだろう、ちょうどいいと思わないか、アタシにとって」
「そりゃお前にとっちゃそうだろうが――」
 三度、村上の手が前に出た。
「アタシに勝てりゃベストに近いタイム、スランプ脱出が近くなるよ? さらに、勝てたらいいものをあげようじゃないか!」
 腰に手を当てて、たいして厚みのない胸を張った。
「は? 何くれんの?」
 聞いたらやると思ったが、指を唇の前で横に振りながら、
「チッチッチ、秘密さ。明日勝てたらプレゼントしようじゃないか」
「うーん………分かった、やってやろう。二分差だな」

 そうこうして決まってしまったレースだが、何をくれるのかは最後まで教えてはくれなかった。
 さらに、負けたら何かちょうだいなんて図々しいことをのたまった村上用に、家にあったキャラメルを持ってきた。
―負けたら腹いせに言ってやろう、大きくなれと―
 今日もいつものコースで、初めに男子、一分後に女子、そして今日は男子と二分差で村上の順番となる。
 海が近いが、今日は浜風も弱く、天気も良好、走りやすい天気となった。
 スタートは先生が丁寧にピストルでやってくれる。乾いた音とともに先行スタートの男子が駆け出した、もちろん俺も一緒に。
 始めは緩やかな上りの直線。
 そして小さな山のようなものを右手側に置きながら、ぐるっと回る。
 普段はこの辺りで村上は追いついてくるが、村上の気配はまだない。
―そりゃそうだ、二分の差がある、それに今日のオレは悪くない気がする―
 山から離れると、今度は緩やかな下りの直線となる。
 この辺りは松などが植えてあり、秋は松ぼっくりで走りにくかったりした。
 四ヵ月ほど前の、一番好きな季節に思いをめぐらせていると、後ろから軽快な足音がした。
 振り向くと案の定、村上が追いつきやがった。
 目が合った途端、村上は笑顔でペースを上げ一気に近付いてきた。
―半分過ぎたとこだぞ? 速くねえか―
 ほぼ毎週のように走っているコースだから、だいたいどれぐらいの距離が残っているか分かる、ほぼ半分だ。
 横に並んだ村上は、
「シュン、賞品は、いらない、のかい?」
 しゃべると疲れるので、ペースを上げて答えてやると、村上はそれを挑戦状と受けとったのか、ぴったり後ろについてきた。
 そのまま平凡にいけばいいのに、村上は二キロ手前の小さな上り下りの坂で仕掛けてきた、あの時のように。
 上りの寸前で突然、ペースを上げて離しにかかった。
残り一キロで離されると勝ちが薄くなると、必死につこうとした。
 例え小さくとも、上り坂であることに変わりはなく、しんどさも半端じゃないのに、下りにさしかかった瞬間、村上はさらにペースを上げてきた。
 このペースアップの後、おかしなことが起きた。
 下りが終わった時点で、自分の感覚がおかしくなった。
 よく分からない、本当によく分からないが、オレは村上の前にいた。
 並んだ瞬間、村上は驚いたようにこっちを見ていたような気がした。
 さらにおかしなことに、体が軽い、息が弾む、まだまだいけそうな気がしてくる。
 下りを走ったペースのまま走っているが、体が羽にでもなったように軽い。
 そのペースをほぼ落とすことなく、残った一キロ弱を走りきり、七人抜きを達成した。
 頭ははっきりしている、村上に勝ったのは初めてだ。

続く・・・



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