ゴールについて緊張が解けたのか、足の力がふっと抜けた。そしてまたこけた。最近こんなのばっかりだ。
足に力が入らず、立ち上がることができずに、体を無理やりに回してゴールのほうを向くと、村上がゴールを踏んだ瞬間だった。ゴールを通過した村上が、立ち止まってひざをついた。
疲れでひざの力が抜けでもしたのだろう。
「だ、大丈夫か?」
こっちに来て倒れた村上に声をかけると、
「………」
オレの方を見ながら何か言ったが、声が細すぎて聞こえなかった。
「は、何て?」
「……速いよ〜、ビックリした。置いてかれるなんて、思ってなかった」
息を切らしながら、村上はなんとかボリュームを上げてそう言った。
「オレもさ、ビックリしたよ、なんかさ……」
「ん?」
説明しやすいような言葉を探すが、いい言葉がみつからずに、
「なんかさ、気持ちよかった、走るのが」
一番ざっくり言うとそんな感じだった。なんとも曖昧だが、それ以上の説明文なんて分からなかった。
「もしかしてさ。シュン、ランナーズハイだったんじゃない?」
聞いた事はある。アドレナリンの出過ぎで、興奮の状態が疲れを感じなくさせるらしいが、もしあれがそうだとするのなら確かにすごかった。
「羽みたいに体が軽かったでしょ? どこまでも行ける、そう思ったでしょ?」
「えっ? あ、あぁ、そうだな」
村上の知っているような口調に少しビックリした。
「アタシ、始めて長い距離走ったときにそんな感じになっちゃって。それ以来ずっと走ってるんだけど……」
「確かにあんなの感じちゃったら、やめられないわな」
「まあね。シュンに先を越されちゃったけど、ベストは三秒だけど更新できたし」
先を越されたか。ん……、今なんて。
「は、更新って? あのタイムを更新したのか?」
「おう、今日はむちゃくちゃ頑張ったからね」
二分差ということは、オレも?
「シュンもじゃないの? 十二分始めぐらいでしょ、ベスト?」
「はは、そうだな、スランプ完全に飛んじまったな」
息も整ってきた村上は、頷きながら立ち上がろうとしている。オレも立ち上がりながら、ひとつ話を進めないといけない。
「おい、ベストは良かった。が、一つ忘れてないか?」
「……?」
あさっての方向に顔を向けて首をかしげているが、目が泳いでいる。
「オレが勝ったら、何か賞品が出るんじゃなかったのか?」
「……何のこ――」
村上が白を切ろうとしていたが、近くにいた女の子から、
「伊月ちゃん、もう田上君に渡し……、あ〜、これから?」
「一美、しぃぃぃぃ! 本人の前で言っちゃダメじゃん!」
賞品が用意されていることが確認できた。賭けの景品はきちんといただかないと。
「くれるの? 戦利品?」
「うぅぅぅ、分かった、あげるからちょっと待ってね」
観念したらしく、カバンを開けて取り出したのは小さな袋だ。
「ありがと、で、何入ってんの?」
オレの言葉に村上はキョトンとしている。予想外の質問だったのか、村上は固まってしまっている。
すると、後ろから背中をつつかれた。
振り返ると木田一美(さっきの女の子)がいた。
「今日何の日だか分かる?」
「は? 寒い日?」
木田に聞かれて答えたオレのこの一言には、木田を始め、様子を見ていたほかの女の子も絶句しているみたいだ。
「……田上君、今は何月だろう?」
「二月だろ?」
「じゃあ何日かな?」
確か今日は………
「………十四日、だな」
「じゃあ何が入ってるかぐらい分かるよね、田上君?」
目の前で確認してくる木田は笑顔だが、目はまったくこれっぽっちも笑っていない。吸いません、すごく怖いです。
「チョコレート、かな〜?」
村上の方を見ると、真っ赤な顔でこくこくと頷いている。うっわ〜、そんな表情されたら罪悪感がすごいんですが。
「というわけだよ、分かったかな? 田上君」
「あ、あぁ、よく分かったよ。あ、ありがとな、村上」
「ど、どど、どう、いたしまして」
どもられるとこっちまで恥ずかしくなる、こんなに精神的にきつい公開処刑もそうはないだろう……
顔が熱いのは、周りの視線に耐えられていない証拠なのかもしれない。
続く・・・ |